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「開業医は楽してもうけている」って本当か?~町の小児科医の本音

診察に神経をすり減らし、不安定な収入に不安を感じ、パンデミックにも翻弄され……

松永正訓 小児外科医・作家

写真はイメージです siro46/shutterstock.com

 私のクリニックは、JR千葉駅からモノレールで20分くらいの閑静な住宅街の中にあります。標榜しているのは小児科と小児外科です。開業してもうすぐ17年になろうとしています。開業する前は、千葉大学医学部附属病院小児外科の医局員として19年勤務していましたから、勤務医と開業医のキャリアがほぼほぼ同じ長さになってきました。

 勤務医と開業医について、「勤務医は忙しくて安い給料、開業医は楽してお金持ち」という声をよく聞きます。正直言って、大学病院の勤務医が忙しくて安い給料なのはその通りです。では、開業医が楽して儲(もう)けているのでしょうか? そう面と向かって言われると、思わずムキになって反論したくなってしまいます。開業医も楽じゃないんだと。

 今回、縁あって、クリニックを作ったときの苦労や開業してから経験したさまざまなできごとを書いた『患者が知らない開業医の本音』(新潮新書)を上梓しました。書きながら、大学病院勤務と開業医とではこれほど医療内容が異なるのかとあらためて驚きました。

 本稿では、著書の内容にも少し触れながら、そこに書ききれなかったことも紹介したいと思います。コロナ禍を受けて病院や医院への関心が高まるなか、皆さんのご近所にもあるであろう開業医に対する理解の一助になればうれしいです。

小児クリニックは急性期の患者が多い

 私のクリニックは、いわゆる「行列ができる評判の医院」というわけではありませんが、毎日70〜80人の患者家族が訪れます。多い日は100人を超えることもあります。この数は、1人の医者が見る患者数として大学病院と比べて段違いに多いといえます。

 小児クリニックの場合、成人のクリニックとは異なり、慢性疾患が少ないことが特徴です。

 成人であれば、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病で症状が安定した患者さんが多数訪れます。一方、小児クリニックでは急性上気道炎(風邪のこと)やウイルス性胃腸炎(嘔吐下痢症のこと)といった急性期の患者が多く、喘息・便秘・アトピー性皮膚炎といった慢性疾患の比率は低いのが実情です。

神経を研ぎ澄ます風邪、嘔吐下痢症の診察

 症状が安定している患者を診るぶんには、それほどプレッシャーはかかりません。しかし、風邪の子、嘔吐下痢症の子は一例一例、神経を研ぎ澄まして診察しなければなりません。なぜなら、一見、風邪や嘔吐下痢症と思える患者の中に実は重い病気の子が隠れているからです。

 風邪は万病の元とはよく言ったもので、子ども(特に3歳未満)は1日で急変して肺炎になることがあります。未来を診察することは不可能です。だからと言って、今の状態が悪くなければ診療をそれで終わりにするというわけにはいきません。

 保護者にはどういう症状が再診すべきサインなのか、事前に説明することが重要になります。また、当然のことながら、風邪が肺炎に移行しようとしている兆候を的確に診断できなければなりません。

 嘔吐下痢症はかんたんに確定診断を付けることが難しく、ウイルス性の感染症に見えても、実は手術が必要な外科的な病気であることがあります。たとえば、虫垂炎(それも腹膜炎を伴っている例など)とか、膵・胆管合流異常という一般の人には聞きなれない病気が、その中には混じっていることがあります。

『患者が知らない開業医の本音』(新潮新書)

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大学病院の外来とクリニック診療の違い

 私が大学病院で外来診療をやっていたときは、クリニックの診療と比べると、はっきり言ってずいぶん楽でした。

 外来診療は週に1回。患者数は40人くらい。ほとんどの患者が、小児外科で手術を受けており、術後の経過観察を行うという内容でした。子どもの成長を親とともに喜ぶのが大学病院での外来診療の姿でしたから、その精神的な緊張度はかなり異なります。

 一方、開業医は朝から夕まで、それも1週間を通して急性期疾患を診どおしです。なので、この仕事が楽だと言われると、ちょっとそれはどうかと反論したくなるわけです。

過去16年で4人の小児がんを診断

 もちろん、急性期の患者は感染症だけではありません。うちのような小さなクリニックでも、小児がんの子どもに出会うことがあります。私は過去16年で4人の小児がんを診断しました。

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