新治療薬パキロピッドを飲んで……
2023年01月25日
強い感染力を持つオミクロン変異株XBB.1.5の拡大が世界中で懸念されている中、筆者の在住するニューヨークでも再度感染が広がっている。2022年末にはパンデミック3年目にして、筆者もついに感染した。実際のコロナ感染体験は、人から聞くのと自分がかかるのでは大違いだった。まだこれから寒さも続く中で、少しでも何かの参考になればと、この体験をまとめてみた。
イタリア・トリノの出張から帰ってきた数日後のこと、それは喉の違和感から始まった。ずっとマスクをしていたが、もしかして帰りの機内でやられたのだろうか。朝起きると喉がイガイガ、痒いような痛いような感触がある。普段は亜鉛とミントの入った喉スプレーを噴射しておくと、すぐに症状は解消される。だがこの日は違っていた。
自宅にあった簡易コロナ検査を試すと、陰性だった。だが安堵する間もなく、全身が熱っぽくなってきて、測ると37.8度ある。
翌朝マスクを二重にして地下鉄に乗り、マンハッタンの各所に仮設されている新型コロナ検査場に赴いてPCR検査を受けた。海外旅行をするのに陰性証明書が必要だった当時は、これらの検査場はどこも長蛇の列だった。その必要がなくなってから市内の検査場の数は半分以下になったが、自宅簡易テストが普及したためか現在はどこもほとんど待つことなく検査を受けることができる。そして医療保険証を提示すれば、PCR、抗体検査などは無料である。
きっかり24時間後の次の日の朝、メールで検査結果が届いた。“Virus detected. Positive.”という単語が目に飛び込んできた。陽性。ついに人生初めて、コロナに感染してしまったのである。クリスマスを控えた12月20日のことだった。
まず友人たちに連絡して、その週に詰まっていた予定を全てキャンセルする。一人で孤独なホリデイを迎えることになった。
現在ニューヨーク市では、住民の80%以上が新型コロナワクチンを2本以上接種済みである。筆者もファイザーのワクチンを、ブースター3本を含めて合計5本打った。それでもオミクロン株などの変異株が出てきて、筆者の周りの多くの友人たちがバタバタと感染していった。だが幸い、重症化したという話は聞かず、みんな風邪または軽度のインフルエンザ程度、中には無症状という人もいた。
そんな中で筆者はこの3年間、一度も感染しなかった。きっと自分はこのままずっと大丈夫という根拠のない自信が芽生え、少し気が緩んできた矢先の陽性判定だった。
現在ものすごいスピードで全世界に広がっているオミクロン株XBB.1.5なのかどうかは、検査結果に記されていなかった。だがいたって健康体、活動的な生活を送っていた筆者は、友人たちのように2、3日で回復するだろうと、この時点ではまだたかをくくっていたのである。
翌朝目を覚ますと、身体の節々の痛みが強くなっていた。特に腰は、下手に動くとぎっくり腰になりそうなイヤーな感じの痛みがあった。熱を測ると、38.5度。喉はタオルを巻いて温めて寝たせいか、痛みは軽減されていた。嗅覚、味覚は特に異常はないが、食欲が全くない。普段は食いしん坊の筆者だが、空腹感がまるでなかった。
コロナにかかると血栓ができやすくなると言われているので、水分は意識してまめに補給した。白湯を飲んでから、近所の友人に頼んでオレンジジュースをドアの前まで届けてもらった。冷蔵庫にあった残りご飯で大きめの鍋にたっぷりお粥を炊く。ニューヨークは日本の食材が身近に手に入るので、普段から基本的に食事は和食が多い。特に体調の悪い時は、まず頼るものはスタンダードにお粥である。
白粥を少し口にした後、熱い目のお風呂にさっと入ったが節々の痛みは変わらなかった。湯冷めしないように用心しながら、パジャマの上にコットンのジャージーを重ね着し、喉元にはタオルを、足首にはレッグウォーマーを巻いた。さらに下半身を電気毛布で包むと、ようやくゾクゾクする寒気が少し収まった。
とにかくだるくて眠い。だが仰向けに寝ていたら、突然濃い痰でゲホッと喉がつまった。鼻もつまりかけていたので、一瞬だったが呼吸ができなくなる。多くの人が呼吸困難で
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