東電旧経営陣「無罪」判決によって、株主代表訴訟「13兆円」判決の意義が一層高まる
控訴審判決は「長期評価に信頼性がない」とは言っていない
郷原信郎 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
2022年7月13日、原発事故被害者の東電の株主48人が、旧経営陣5人に対し、津波対策を怠り、原発事故が起きたために廃炉作業や避難者への賠償などで会社が多額の損害を被ったとして、東電旧経営陣に対して提起した「株主代表訴訟」に対する一審判決が言い渡され、東京地裁は、巨大津波を予見できたのに対策(原発建屋などの水密化、内部に水が流入しない対策)を先送りして事故を招いたと認定。取締役としての注意義務を怠ったとして、勝俣恒久元会長と清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、それに武藤栄元副社長の4人に対し、連帯して13兆3210億円を支払うよう命じた(以下、「代表訴訟判決」)。
通常、個人より高額になるはずの会社への賠償額を含めても、世界最高額になると思われるような莫大な金額だ(これまで裁判上の手続きにおいて一度に確定した賠償の最高額は、英石油大手BPが2010年4月にメキシコ湾で起こした大規模原油流出事故の、BPと沿岸政府・自治体との訴訟和解賠償金としての総額が208億ドル[約2兆5000億円]と推測されている)。
この判決に対しては、「現実離れした賠償額に驚く」(読売「社説」)、「またもや司法の大迷走だ」(産経「主張」)など批判的な報道がある一方、「断罪された無責任経営」(朝日「社説」)では、「事実を踏まえた説得力のある指摘だ。最高裁の判断は早晩見直されなければならない」、「甘い津波対策への叱責」(東京「社説」)では、「後世に残る名判決」と絶賛するなど、マスコミの評価はみごとに真っ二つに割れていた。
この代表訴訟判決の約半年後、2023年1月18日、同じ福島第一原発事故をめぐり、東京電力の会長だった勝俣恒久氏と副社長だった武黒一郎氏、武藤栄氏の旧経営陣3人が、原発の敷地の高さ(海抜10メートル)を上回る津波を予測できたのに対策を怠り、原発からの放射能漏れ事故の発生で避難を余儀なくされた福島県大熊町双葉病院の入院患者ら44人を死亡、13人を負傷させたとして、業務上過失致死傷の罪で検察審査会の議決により起訴された裁判の控訴審判決が言い渡された。

東京高裁の判決を聞く東京電力の武黒一郎・元副社長(左)と武藤栄・元副社長=2023年1月18日、東京高裁、絵と構成・小柳景義
旧経営陣の善管注意義務違反を認めた代表訴訟判決を評価する原発事故の被害者や一部のマスコミからは、事故の予見可能性を否定した刑事の1審判決の判断が、民事の代表訴訟判決で覆されたものと受け止め、刑事事件の控訴審が一審とは異なる判断を行うことを期待する声もあった。
しかし、東京高等裁判所の判決は「控訴棄却」、1審に続いて3人全員に無罪を言い渡した(以下、「刑事控訴審判決」)。
「被告人らに、本件発電所を停止すべき義務に応じる予見可能性を負わせることのできる事情が存在したという証明は不十分」と判示して、業務上過失致死傷罪の成立を否定したものだった。
従来の業務上過失致死傷罪の実務・判例からすれば、想定通りと言える刑事控訴審判決に対して、代表訴訟判決を評価していた側も、批判していた側も、刑事控訴審判決が、代表訴訟判決と相反する判断を示し、同判決が否定されたかのように捉える論調が大部分だった。
産経新聞は、【長期評価の信頼性認めず 東電強制起訴 民事とは逆の結論】と題する記事で、
旧経営陣に13兆円余りの損害賠償を命じた民事訴訟の判決とは対照的な結果。個人の刑事責任を追及する難しさが、改めて浮き彫りになった。
とした上、
株主代表訴訟の判決は「検討を依頼後、なんら津波対策をとらなかったことは不合理で許されない」と指弾。一方、今回の控訴審判決は「武藤元副社長の指示は不合理とはいえず、その後に巨大津波が襲来する現実的な可能性を認識する契機が(旧経営陣に)あったとは認められない」とした。
などと両判決の判断の違いを強調した。
代表訴訟判決を評価していた東京新聞も、【ほぼ同じ証拠と争点なのに…旧東電経営陣の責任を問う訴訟の判決が民事と刑事で正反対になった背景】と題する記事で、
株主代表訴訟東京地裁判決は「適切な議論を経て一定の理学的根拠を示しており、相応の科学的信頼性があった」と認め、対策を先送りした旧経営陣の過失を認めた。
これに対し、今回の判決は、長期評価の信頼性を否定。「敷地の高さを超える津波が襲来する現実的な可能性を認識させるような情報だったとは認められない」と判断した。
などと、長期評価の信頼性についての判断の違いを強調している。
しかし、このよう見方は、同じ原発事故についての東電旧経営陣の「責任」について、代表訴訟判決が肯定し、刑事控訴審判決は否定したことの理由の重要な点を見過ごしており、その違いを的確にとらえたものとは言い難い。
代表訴訟判決と刑事控訴審判決とで、東京電力旧経営陣の「責任」についての判断が分かれた最大の原因は、原子力事業者に無過失・無限責任が集中する「原子力損害をめぐる損害賠償の法制度」自体にある。それは、13兆円という異常な金額の賠償を個人に対して命ずる判決が出されたことの背景にもなっている。
原発をめぐる政府の方針転換
2011年の東京電力福島第一原発の事故以来、歴代首相は原発の新増設を認めず、電力発電に占める原発依存度は可能な限り低減させる政策を貫いてきた。
ところが、岸田文雄首相は、ロシアのウクライナ侵攻で発生した石油や天然ガスの供給不安をエネルギー危機と捉え、「原子力規制委員会による設置許可審査を経たものの、稼働していない7基の原子力発電プラントの再稼働へ向け、国が前面に立つ」「既設原子力発電プラントを最大限活用するため、稼働期間の延長を検討する」「新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発/建設を検討する」などの方針を打ち出している。
しかし、福島原発事故の背景に、原子力事業者だけに責任を負わせる原賠法の異常な法的枠組みと、その下での原発の運営における「ガバナンス不在」の実態があったことを見過ごしてはならない。
本稿では、東京電力旧経営陣に対して「異常な金額の賠償命令判決」が出されたことに続き、刑事事件については、責任を否定する判決が出され、「責任」についての判断が分かれたことの原因が、マスコミの論調にあるような「刑事」と「民事」の一般的な立証のレベルの違いや、刑事処罰のための事実認定の厳格さというより、原子力事業者に無過失・無限責任を負わせる現行制度自体にあること、そのような「原賠法の特異な法的枠組み」が電力会社の「ガバナンス不在」を招いていること、そのような法制度のまま原発政策の積極方向への転換を行うことに重大な問題があることについて、順次述べていきたい。