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五輪談合の背景には、発注者側の依存体質がもたらした電通支配の構造がある

単なる談合と捉えると事件の本質を見誤る。その性格は支配型私的独占に近い

楠 茂樹 上智大法学部教授

電通の競争優位がもたらす競争上の弊害

 五輪をめぐる談合事件について筆者はこれまでにいくつかのメディアでコメントを出してきたが、容疑の対象となった個人、企業が告発、起訴されたことを受けて、これまでに報道されてきたことを踏まえつつ、筆者なりに気付いた点、論点となり得る点について整理しておく。

 まず始めに、今回の談合事件の背景となったスポーツ等の大規模イベントを取り巻く産業事情について触れておきたい。

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、「組織委」)をめぐっては、テスト大会における計画立案業務発注に係る入札談合事件の前に、スポンサー契約をめぐる汚職事件が世間を騒がせたことで記憶に新しい。汚職事件、談合事件、両方に共通して登場した企業名が、広告代理店最大手の電通であった。汚職事件の収賄側である組織委元理事はかつて電通の最高幹部の一人であったし、今回の談合事件において同社は主導的立場にあったとされている。

 しばしば指摘されているように、電通及びその関連会社の、国際的、国家的イベントへの影響力が群を抜いている。企業が競争優位を確立するのはそのリソースの豊富さ、ネットワークの広さ、競争業者との差別化、そのスキルの高さといった要因に支えられるものであり、電通の競争優位は他社には出せないパフォーマンスが出せることの証左でもある。自由市場の帰結であり、それ自体を批判することはできないし、するべきではない。

 しかし、一企業の支配構造が強固になればなるほど、言い換えれば発注者側からの依存構造が過度なものになれば、その競争優位が弊害を生み出す。どのような内容の事業をやるかという仕様それ自体を、業者が自社にとって有利になるように決めてしまう「スペック・イン」といわれる状況は、こういった依存構造が背景にあることが多い。

 これはしばしば情報システムの発注でみられるものだが、イベント関係でも同じ問題が指摘できる。大規模なイベントであれば、企画の初期段階から相談相手になり、二人三脚でプロジェクトを進めることになる。「パートナーシップ」といえば聞こえがよいが、業務を発注する側が受注する側に差配されるようになり、いつの間にかに立場が入れ替わってしまう。

 五輪事業では代理店が組織委のような立場であったと指摘されてきた。極端な言い方をすれば、相手方のお金の使い方を決めることができる構造になってしまうのである。

電通本社ビル=2023年2月28日午後6時5分、東京都港区、瀬戸口翼撮影 拡大電通本社ビル=2023年2月28日、東京都港区

発注側が受注側に過度に依存

 発注者側にも問題がある。イベントが国際的、国家的プロジェクトの場合、絶対に失敗できないというプレッシャーがかかる。時間的制約もあり、プロジェクトの大きさを考えれば、できるだけ経験豊富な大手に頼もうとするだろう。そこでいつも名前が上がるのが、電通なのである。

 電通はもはや単なる広告代理店ではなく、日本最大の、全方位型問題解決企業である。筆者はこれまで、さまざまな機会で、「電通に頼めば何とかなる」という発注者側の本音を耳にしてきた。しかし、これは言い方を変えれば「電通に頼んで上手くいかなければ私のせいでない」という責任逃れの言い訳のようにも聞こえる。法律の世界でいえば、とりあえず定評ある弁護士事務所に頼んでおけば、交渉や訴訟の失敗の責任は私にはない、という法務部員の本音に近いものがある。

 今回の談合事件の背景も、組織委の元次長が五輪事業の遂行を電通に依存したことが出発点にあるという。確実にイベントを進めるために電通と元次長は競争ではなく計画を模索し、その調整(差配)を電通に託した。しかし、その調整は談合による競争制限と評価され、独占禁止法違反の容疑へと発展した。

 それでは、以下、独占禁止法違反に関連する論点を取り上げてみたい。


筆者

楠 茂樹

楠 茂樹(くすのき・しげき) 上智大法学部教授

慶應義塾大学卒、京都大学博士(法学)。現在、上智大学法学部国際関係法学科教授。著書として『公共調達と競争政策の法的構造(第2版)』(上智大学出版、2017年)がある。個人HPのURL: https://shigekikusunoki.com.

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです