水島宏明(みずしま・ひろあき) ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授
1957年生まれ。札幌テレビ、日本テレビでテレビ報道に携わり、ロンドン、ベルリン特派員、「NNNドキュメント」ディレクター、「ズームイン!」解説キャスター等の後、法政大学社会学部教授を経て16 年4 月から現職。主な番組に「ネットカフェ難民」など。主な著書に『内側から見たテレビ』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
正確な報道を怠ったメディアのツケ
図1は「生活保護」についてのテレビ報道の時間的な推移をまとめたものである。グラフの数字は放送時間で〇時間〇分〇秒ということになる。生活保護の放送は10時間45分44秒だった2006年から2007年にかけて一気に増加し、さらに2009年にまた一段と倍増していることがわかる。
2006年から2007年にかけて増加した内容を詳しく見てみると、一因となったと思われるのが生活保護の受給をめぐる餓死や孤独死、孤立死の事件の報道だ。
図2は、この頃に発生していた秋田市や札幌市、さいたま市、大阪市などの地域ごとの生活保護の受給をめぐる餓死、孤独死などの不審死の事件報道の放送時間を積算したものだ。
2007年に4時間17分13秒を記録しているひときわ高い棒グラフは、北九州市における餓死・孤独死・孤立死の報道である。北九州市では前年から生活保護を申請しようとした人が正式な手続きをさせてもらえずに福祉事務所の職員に追い返される「水際作戦」と呼ばれる申請抑制対応の末に餓死するという出来事が相次いでいた。2007年には生活保護を受給中の男性が市職員によって辞退届を書かされて、保護を打ち切られた末に収入が途絶え、職員への恨みの言葉や「おにぎり食べたい」などと書いたメモを遺して餓死していた。
当時、北九州市の生活保護を担当する部署では生活保護件数を削減する内部的なノルマがあり、職員間では「闇の北九州方式」で呼ばれていたという内部告発もあってセンセーショナルに報道された。図1での「生活保護」の年間放送時間の17時間52分46秒の4分の1に迫る量が北九州市でのこうした異常な受給をめぐる不審死の報道だった。
2008年秋には米国発のリーマンショックによって自動車の製造工場などで派遣労働者として働いていた人たちが大量に「派遣切り」に遭い、仕事と住まいを失って路頭に迷うという事態が広がった。年末年始には東京・日比谷公園で「年越し派遣村」が実施され、民間の支援団体が行き場のない人たちを各区などの福祉事務所に連れていって生活保護の申請に同行する支援を行い、当面の生活の立て直しを目指した。次の年末年始も国立オリンピック記念青少年総合センターで「公設派遣村」が実施され、同じように生活保護が支援の手段として活用された。
図1での2008年から2010年にかけての生活保護の報道の増減にはこうした支援活動が反映されている。
流れが一変したのが2012年だった。お笑い芸人の男性が開いた記者会見が大きな転機になった。
朝日新聞デジタル「プレミアムコース」「ダブルコース」にお申し込みいただくと、全文お読みいただけます。お申し込みはこちらへ。
(「ベーシックコース」「スタンダードコース」ではお読みいただけません)
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?