再発防止、薬物療法、性加害行為に責任を取る
2023年03月13日
刑法の「性犯罪をめぐる規定」を見直す議論が進んでいる。性犯罪者に対する社会の見方は、ますます厳しいものとなってくるだろう。加害がなくならない限り、被害はなくならない。性犯罪者に対する加害者臨床も、今後ますます重要になってくると思われる。
今現在、どんな教育プログラムが行われているのか、依存症治療ではアジア最大規模を誇る榎本クリニックを訪れた。1992年に開業した榎本クリニックは、都内を中心に7つのクリニックを運営する精神科・心療内科のクリニックで、アルコールやギャンブル、薬物、性、インターネット、クレプトマニア(万引き)などの依存症を対象としたプログラムがある。そのうち、性依存関連のプログラムは東京・池袋と神奈川県の大船で主に行われ、これまでに2500人以上が受診している。
このプログラムの基礎をつくった精神保健福祉部長の斉藤章佳さんに詳細を聞いた。斉藤さんは当クリニックの精神保健福祉士・社会福祉士で、著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)や『「小児性愛」という病──それは、愛ではない』(ブックマン社)、最新刊の『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)がある。性依存症治療のことはじめは2003年。
「当時担当していたアルコール依存症の患者さんが、一定期間断酒が安定してきたにもかかわらず、突然クリニックに来なくなりました。その後、飲酒が止まってからずっと子どもに性犯罪を繰り返し、警察に逮捕されていたことが面会に行ってわかりました。酒をやめたことで、自分の根っこにある本質的な性の問題が表に出てきたのだと思いました」
その翌年には、奈良小1女児殺害事件が起きた。その加害者もまた、子どもへの性犯罪を繰り返していた。
「繰り返す性犯罪には反復性・嗜癖性があり、依存症モデルでとらえると最もわかりやすく、一般の人にも理解しやすいのではないかと思いました。私自身は当時、アルコールや薬物、ギャンブル依存症に対する臨床経験があり、さらに、当時はまだ日本に普及していなかったDV加害のプログラムにも携わっていたので、その原理・原則をベースに、加害者臨床の基礎になる治療プログラムをつくっていきました」
「日本の矯正施設で性犯罪者処遇プログラム(通称R3)が始まったのと同じ2006年、クリニックに通院していた患者さんの中から、飲酒して痴漢行為やのぞきをしたなど、性に何らかの問題を抱えた3人に声を掛け、ミーティングを始めました。これは依存症の自助グループなどで行われているのと同じもので、体験談を仲間の中で順番に話し、ほかの仲間は黙って聞き、聞いた内容は外に漏らさないという『秘密保持の原則』をベースにしています。見よう見まねで始めたプログラムで、まさかのべ2500人以上が利用することになろうとは夢にも思いませんでした」
しかし、反復する性加害を依存症という「疾病モデル」でとらえることは、加害者に言い逃れの口実を与えることにもなり得る。
「性加害者の再加害防止プログラムは、国の施設で医療モデルが介入しない形で行うのが理想だとは思います。本来、医療は疾病を対象とするものですから、治療するということは彼らが病気であり、ケアの対象であると認定することになる。そうすると、自らの行為や被害者に対し、どう責任を取るのかということが隠ぺいされやすくなる。つまり、『過剰な病理化は本人の行為責任を隠ぺいする機能がある』ということです。そこで私は、プログラムでは原因と責任を分けて考えることにしました」
プログラムに申し込んでくるのは、ほとんどが刑事事件になり、逮捕された人だ。
「痴漢が最も多く、のぞきを含む盗撮、下着窃盗、露出、子どもへの性加害、強制性交(レイプ)や、路上で体を触るなどの強制わいせつが中心です」
ただし、希望すれば誰もが受けられるわけではない。
「最初の電話の段階で、継続して通院する意志があり、家族も協力的で、経済的にも継続可能かどうかをヒアリングします。裁判を有利に運ぶために診断書だけ書いてほしい人や、治療を受けていることをアピールしたいだけの人もいて、お断りするケースも多々あります」
プログラムの考え方は基本的に共通しているが、子どもへの性加害、つまり小児性愛障害と診断された対象者だけは分けて、プログラムを行なっている。
「小児性愛障害の対象者は、2006年にプログラムを始めてから最も治療継続率が低く、ドロップアウトしやすい人たちでした。彼らは刑務所の中でも排除されやすく、社会に出ればさらに排除されやすい。つまりは居場所がない人たちです。プログラムを分けて実施することで、格段に治療定着率は上がりました」
プログラムは朝9時から夜7時までメニューが組まれた「デイナイトケア」で、昼食と夕食も無料で提供される。
「初診時のリスクアセスメントで、低リスク・中リスク・高リスクに分け、高リスクだと週に6日からスタートし、トータルで3年間通うことになります。高リスクというのは再犯リスクが高く、治療反応性が低い対象者のことを言います。つまり、背景に知的障害や発達障害、貧困の問題などが複合的にからみ合っていて、社会福祉・教育・医療モデルを組み合わせた対応をしないと再犯に至ってしまうリスクが高い人たちのことです」
とは言え、週6日となれば働くことも難しくなる。デイナイトケアの費用は保険適用だが、3割負担だと1日3000円程度で、決して支払いが楽な額ではない。
「家族のサポートを受けられない方には、生活保護の申請を勧めたり、申請に同行する福祉的な対応もしています。自立支援医療制度が適応される人であれば1割負担になり、1日1000円程度で利用できます。集中的にプログラムを受ける期間を終えて就労した後も通えるように、夜7時から8時までのメンテナンスプログラムも用意しています」
依存症は、「性的しらふ」を続ける「回復」はできても「完治」することはなく、再犯すればまた被害者が出るため、月に1度などと頻度は減らしても、メンテナンスプログラムには継続してつながり続けることが必要だ。それは自分の加害行為を忘れないためにも重要なことだという。
プログラムは「①再発防止、②薬物療法、③性加害行為に責任を取る」の3本柱で行われる。
①の再発防止策としては、性加害に至った要因を探り、具体的な対処行動を学ぶ「リスクマネジメントプラン(RMP)」がある。自分がどんな状態の時に再発しやすく、リスクが高まった時にどう対処するかを専用のシートに書き出し、家族や友人などの伴走者(KP:キーパーソン)と共有するのだ。そしてこの内容は、スタッフと相談しながら、治療が始まって最初の半年間は毎月更新する。
また、プログラム受講者の中には、「盗撮は痴漢と違って相手に直接触れないし、傷つけてもいないから、気づかれなければやってもかまわない」といった「認知のゆがみ」を抱えている人もいる。そこで、
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