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「もう時間がない」病に倒れる原告も~北朝鮮「帰国事業」裁判控訴審で悲痛の訴え

「だまされた点では拉致被害者と同じ」。5月に東京高裁判決

北野隆一 朝日新聞編集委員

 3月3日に東京高裁で、原告弁護団が「北朝鮮政府による人権侵害について、北朝鮮政府に責任を果たすよう求める日本初の訴訟」と位置づけた訴訟の口頭弁論が開かれた。控訴審の弁論は1回で結審し、渡部勇次裁判長は判決言い渡しの期日を5月31日と指定した。原告5人のうち1人が亡くなったほか、体調不良の原告も相次ぎ、この日出廷したのは2人。原告からは「私たちの命が足りない。早く勝訴判決を」との悲痛な訴えもあった。

閉廷後の記者会見に臨む(右から)福田健治弁護士、原告の川崎栄子さんと斎藤博子さん、崔宏基弁護士=2023年3月3日、東京・霞が関、筆者撮影拡大閉廷後の記者会見に臨む(右から)福田健治弁護士、原告の川崎栄子さんと斎藤博子さん、崔宏基弁護士=2023年3月3日、東京・霞が関、筆者撮影

 2018年8月に裁判を起こしたのは、東京都在住の川崎栄子さん(80)ら在日コリアンや日本人の男女5人。いずれも1960~70年代に、在日朝鮮人ら約9万3千人が参加した「帰国事業」によって北朝鮮に渡り、2001~03年に北朝鮮を脱出(脱北)して日本に戻った脱北者だ。被告は「朝鮮民主主義人民共和国」で、代表者は「国務委員会委員長 金正恩(キム・ジョンウン)」。総額5億円の損害賠償を求めている。

北朝鮮政府を日本の裁判所で被告とできるのか

 この裁判には、そもそも北朝鮮政府を被告とする訴訟を日本の裁判所で審理できるのかという「管轄権」の問題が、まず立ちはだかった。「主権国家は他国の民事裁判権に服しない」とする国際慣習法上の原則「主権免除」が適用されると裁判所が判断すれば、中身の審理に入らないまま訴えを却下、つまり門前払いとなる可能性もあった。

提訴のため東京地裁に向かう原告5人。(最前列左から)石川学さん、高政美さん、川崎栄子さん、榊原洋子さん、斎藤博子さん=2018年8月20日、東京・霞が関、筆者撮影拡大提訴のため東京地裁に向かう原告5人。(最前列左から)石川学さん、高政美さん、川崎栄子さん、榊原洋子さん、斎藤博子さん=2018年8月20日、東京・霞が関、筆者撮影

 しかし東京地裁は訴状を受理して原告側と非公開での協議を重ねた。国交がない北朝鮮の場合、政府を正式に代表する機関が日本国内にないことから、裁判所は掲示板に書類を一定期間貼り出すことで被告・北朝鮮政府に届いたとみなす「公示送達」を実施。被告席が空席のまま、2021年10月に口頭弁論を1回開いて結審した。東京高裁も同様の方法で今年3月3日に口頭弁論を1回開いて結審した。

 一審判決は2022年3月23日に言い渡され、東京地裁の五十嵐章裕裁判長は、原告の請求をいずれも退けた。原告代理人の福田健治弁護士は判決の結果には「非常に不当だし納得いかない」として控訴した。ただ「北朝鮮による人権侵害を日本の裁判所が裁くことができるということを示した」とも述べた。

 東京地裁判決は、原告が「北朝鮮による一体の継続的不法行為」と主張した一連の行為を二つに分けて当否を検討した。まず北朝鮮が在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を通じて、北朝鮮を「すべての権利が保障された地上の楽園」であるとの「虚偽の宣伝」により北朝鮮への渡航を勧誘したという行為を「勧誘行為」と分類。また、北朝鮮に渡った原告らを北朝鮮内に留め置き、国外への移動を禁じた行為を「留置行為」と分類した。これら二つの行為は「時期、場所、態様及び目的を異にしており、一連一体の不法行為とみることはできない」との判断を示し、「別個の行為」として分離した。

 そのうえで、「留置行為」については「被告(北朝鮮)が自国民一般に対して行った出国制限の一環」と認定し、加害行為地、結果発生地がいずれも北朝鮮であるとして日本の裁判所の管轄権を否定。訴え自体を「不適法」として却下した。

 一方で「勧誘行為」については日本国内で行われたと認定し、「日本の裁判所が管轄権を有する」と判断した。日本の国内法「対外国民事裁判権法」にいう「国」は、「未承認国を含まない」との解釈を示したうえで、日本政府がいまだに北朝鮮を国家承認していないことから「未承認国に対して当然に民事裁判権から免除するとの国家実行が成立しているとは認められない」として、北朝鮮政府については「わが国の民事裁判権から免除されない」と判断した。

 ただし、原告5人が帰国事業で北朝鮮に渡ってからすでに46~58年たっていることから、不法行為から20年たつと損害賠償請求権が消滅すると定める「除斥期間」が過ぎているとも一審判決は指摘。「勧誘行為」については原告の訴えを適法としつつ、損害賠償請求権が消滅しているとして、「時間の壁」を理由に原告の請求を棄却した。


筆者

北野隆一

北野隆一(きたの・りゅういち) 朝日新聞編集委員

1967年生まれ。北朝鮮拉致問題やハンセン病、水俣病、皇室などを取材。新潟、宮崎・延岡、北九州、熊本に赴任し、東京社会部デスクを経験。単著に『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』。共著に『私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』『祈りの旅 天皇皇后、被災地への想い』『徹底検証 日本の右傾化』など。【ツイッター】@R_KitanoR

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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