メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

新聞各紙、テレビ各局は袴田事件の報道を自己検証せよ

当局取材への依存と記者クラブ制に切り込んでこその検証だ

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 57年前の一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)=釈放=について、東京高裁は今年3月13日、再審開始を認めた静岡地裁決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却する決定を出した。検察は最高裁への特別抗告を断念。袴田事件は大きな節目を迎えた。

 それを機に新聞テレビは当時の捜査や検察・裁判所の対応を批判する報道を続けている。しかし、袴田さんを“犯人”として扱った事件報道の検証は一向に本格化していない。警察と一体化して犯人探しに狂奔してきた報道機関は、自らの責任をまたもスルーするのか。

支援者らを前に話す袴田巌さん(右)と姉の秀子さん=2023年3月21日、静岡市葵区 、大平要撮影 拡大支援者らを前に話す袴田巌さん(右)と姉の秀子さん=2023年3月21日、静岡市葵区

犯人視報道した各紙、県警の捜査の称賛も

 袴田事件の発生は1966年6月30日午前2時ごろだった。静岡県清水市(現在は静岡市清水区)で味噌製造会社の専務宅が全焼。焼け跡からは専務、妻、次女、長男の遺体が見つかった。4人は刃物でめった刺しにされていたという。

 警察は、同社従業員だった袴田さんを当初から犯人と決め込み、捜査を本格化させる。そして8月18日に袴田さんを逮捕。勾留期限の直前に“自白”を得た―という流れだった。

 袴田さんを犯人と決めつけた報道は、逮捕の前後から一気に過熱している。

「従業員「袴田」逮捕へ 令状取り再調べ」「寝間着に油、被害者の血?」(1966年8月18日、読売新聞夕刊社会面)

「バンタム級6位にもランク 身を持ちくずした元ボクサー」(同、朝日新聞夕刊社会面)

「袴田の取調べ第二ラウンドへ 消極否認続ける」「当局に自信“ロープぎりぎり”」(8月20日、静岡新聞1面トップ)

「専務さん一家は私が殺した 袴田自供」「パジャマ着て犯行 最初に専務刺す」(9月7日 静岡新聞社会面)

「袴田、犯行を自供 清水の強殺放火 逮捕されて20日目」(朝日新聞9月7日社会面)

 新聞記事データベースを使って過去記事を検索すると、このような記事は次から次へと出てくる。量の多さだけではない。「袴田は、この朝六時三十分ごろ清水署に連行されたが、クリーム色の半ソデシャツ、茶色のズボンというさっぱりしたふだん着でうす笑いさえ浮かべ……」「情操が欠け、一片の良心も持ち合わせていない」といった文章はいくらでも出てくる(当時は「容疑者」呼称を付けず、呼び捨てだった)。

 他方、各新聞は県警の捜査を「科学的」などと形容して称賛し、“自供”を始めたタイミングでは「あと二、三日すれば全面自供するのではないかと思う。それにしても難しい事件だった」という県警本部長の談話を載せた。裁判が始まってもいないのに、事件はすべて解決したかのような報道を展開したのである。


筆者

高田昌幸

高田昌幸(たかだ・まさゆき) 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

1960年生まれ。ジャーナリスト。東京都市大学メディア情報学部教授(ジャーナリズム論/調査報道論)。北海道新聞記者時代の2004年、北海道警察裏金問題の取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。著書・編著に『真実 新聞が警察に跪いた日』『権力VS調査報道』『権力に迫る調査報道』『メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層』など。2019年4月より報道倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

高田昌幸の記事

もっと見る