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権力に寄り添う現代の宗教~使徒パウロや仏教の祖師達が見たら何と言う?

藤森宣明 ハワイ・ホノルル・パロロ本願寺開教使

宗教が権力に寄り添って引き起こしている現代の問題

 最近の世界は、宗教が時の権力と結びついて問題を引き起こしているように見えます。あなたは、宗教と権力の関係をどう捉えていますか?

 宗教と権力の関係というと、私には、以下のような問題が見えます。 まず、ロシアがウクライナに対して仕掛けている戦争です。この戦争の背景に宗教があることをご存じですか? ロシア正教会のトップであるキリル総主教は、プーチン大統領のウクライナへの軍事侵攻を後押ししています。ロシア最大の宗教団体であるロシア正教会は、プーチン大統領の領土奪回、拡大政策と自らの宗教団体のウクライナでの勢力奪回、拡大願望が一致したためか、戦争を推進しているのでしょう。

プーチン大統領(左)から勲章を授与されたロシア正教会のキリル総主教(右)=2021年11月、ロシア大統領府ホームページから
ロシアのプーチン大統領(左)から勲章を授与されたロシア正教会のキリル総主教=2021年11月、ロシア大統領府ホームページから

 また、アメリカに関しても宗教と権力の関係の問題が見えます。5年前に亡くなった福音主義派の牧師ビリー・グラハム氏をご存じでしょうか? 世界布教の野望をかかげ世界中を駆け巡っていた有名な牧師です。彼は、共和党の保守派に寄り添い、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン侵攻、イラク戦争等を容認し、湾岸戦争開戦前夜には「正義のために戦う時が来た」などと訴えました。彼はニクソン大統領をはじめ歴代大統領、トランプ大統領等に最も寄り添った牧師だと言われています。福音主義の勢力拡大を、アメリカの権力に乗じて果たそうとしていたのでしょう。

 日本では、昨年(2022年) になって、長い間政治権力を握っている自民党と旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の癒着が、安倍元総理の暗殺事件をきっかけに明るみになりました。ご存じのように統一教会は、弱き市井人を食い物にし、幾つもの家庭を崩壊に導いた新興宗教です。その狙いは、力ある権力者に寄り添って勢力拡大をはかることが目的だったのでしょう。 現在、創価学会も与党自民党に長い間寄り添っていますが、その背景に何があるのかは、まだ明らかになっていません。

「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の友好団体「天宙平和連合」(UPF)が韓国で開いたイベントでの安倍晋三元首相への追悼=2022年8月12日、同連合提供


「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の友好団体「天宙平和連合」(UPF)が韓国で開いたイベントでおこなわれた安倍晋三元首相の追悼セレモニー=2022年8月12日、同連合提供

 これらの宗教に共通することは、権力に近づき政治を利用して、宗教勢力の拡張をはかることだったのではないでしょうか?

宗教と拡張主義の欲望

 私に関しても言いましょう。私はハワイで坊さんをしていますが、私にも、お寺拡張の欲望が強くあります。どうやったら門信徒を増やすかという話がお寺でよく出ますが、私も門信徒が増えることは、いいなと思います。また宗教施設拡張の議論もしますが、私もお寺の所有地が増えるといいなと思います。

 思うに、宗教者や教団というものは、勢力が大きければ、その信仰は正しいと信じる傾向があるのではないでしょうか? 戦争に加担している現ロシア正教キリル総主教、アメリカの福音派、日本での統一教会、創価学会を見ていると、教会やお寺の拡大や多くの信者の獲得が宗教の目的なんだと言っているようにも見えます。しかし、はたしてそれが本当の宗教の目的なのか? 権力にまですり寄って、その拡張を図るのが目的なのか? という声が、私を告発してくるように感じるのです。

パウロは、権力をどう捉えたのだろうか?

 それでは、キリスト教は、宗教と権力との関係をどう捉えているのでしょうか?

 それは、イエスの使徒パウロを通して見ることができます。パウロが活躍した原始キリスト教の時代、キリスト教はユダヤ教の一派にすぎず、権力はユダヤ教にありました。当時ユダヤ教は、ユダヤ人以外の異邦人と食卓を共にしてはならないと説いていました。そんな中、パウロは、「未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも」(ローマ書、1章14節)というように、ユダヤ民族以外の人々に伝道していました。そんな時、長老で重鎮であるペテロは、主都エルサレムからアンティオキアを訪れた時に、若いパウロのその革新的な伝道を支持しませんでした。そのため、パウロはペテロを批判しました。これが世に言うアンティオキア事件で、そこにパウロの権力に対する態度がみてとれます。

 キリスト教研究者加藤隆氏は『『新約聖書』の誕生』で、パウロには、政治的な側面があり、キリスト教を世界的にするという野望があったと言います。確かに加藤氏が指摘するように、パウロにはキリスト教拡大の野望があり、政治的であったと思います。それは、私にも自分の宗教の拡張に対する欲望がありますからよくわかります。しかし、私が重要だと思うのは、パウロのその政治的な権力に対する態度が、権力をもっていたペテロに屈服せず批判した「反権力」であることです。そう見ると、パウロの伝道は、先にあげたロシアのキリル総主教、ビリー・グラハム、統一教会が権力にすり寄っていくあり方とは、違っていたと思うのです。

 また、教会やその権力に寄り添った伝道者が、ヨーロッパの国力に乗じて権力に加担し、十字軍が中東に行きイスラムの方々を追いやり、そして、「伝道」の名の下に、中南米に行ってインディアン(先住民)の多くの命を奪い、ここハワイでは、アメリカの国力に乗じて宣教師がハワイに来て、先住民を虐げてきた歴史が変わったのではないかと思うのです。パウロが、強い者に寄り添わない「反権力」の宗教家であったことを知ったら、伝道者は、ここまで弱い者を虐げなかったのではないでしょうか?

 このパウロの伝道と権力と拡張主義の関係をどうみるのか? この現代、キリスト教を指針に生きる人々にとって確かめるべき重要な時代だと思います

鎌倉新仏教と権力の関係は、どうか?

 それでは次に、権力と仏教の関係は、どうでしょうか?

 日本で権力と闘った仏教者と言えば、鎌倉新仏教の祖師達です。旧仏教は権力をもつ強い者と結びつく傾向がありましたが、鎌倉を起点に、弱い者へと向かう方向が現れました。その強い者に対して迎合しなかったのが、特に法然、親鸞、道元、日蓮でした。

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