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東工大が入試で設ける「女子枠」が過剰に批判される謎

高専からの編入で始まっていた「ダイバーシティ&インクルージョン」

長岡義幸  フリーランス記者

 いささか旧聞に属するものの、現在もネットだけではなく主要メディアでも議論が続いているのが、東京工業大学が2022年11月10日、入試改革の一環として、24年度から25年度にかけて順次、学校推薦型選抜と総合型選抜(旧AO入試)に総計143人の「女子枠」を設けると発表した件だ。

 東工大は多様な人材を受け入れ、その能力を認めあう「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様性と寛容)を実現するために、募集定員1028人の約14%を女子枠に設定すると決めた。女子枠を設けることによって、現在13%にとどまる学院(学部に相当)の女子学生比率を20%以上に高めることを目指すという。

=撮影・筆者【東工大の発表資料】女子枠の一覧表
東工大の発表資料・学院(学部相当)ごとの女子枠=撮影・筆者【東工大の発表資料】学院(学部相当)ごとの女子枠

 他方、男女を問わない従来の推薦・総合選抜は残るものの、定員は現行の98人から14人減の84人、一般入試(一般選抜)枠の定員は930人から129人減の801人になる。

 これに対して一部の人々が「本来ならば学力試験で通過できたであろう男子学生の教育の権利を踏みにじってまで、学力において劣る女性を採用するべき理由とはなんであるのか」とか、「ゾロゾロ低偏差値の女が入ってくるの地獄」「男子差別なんてレベルを遙かに超えた狂気の沙汰の蛮行」というような、男の嫉妬かミソジニー(女性嫌悪・蔑視)まがいの極論をSNSなどで発している。

 女子枠の創設を発表してから6日後の22年11月16日、実は、東工大の益一哉学長がネット上の批判を念頭に「いままであまりにわれわれは偏りすぎていた。(女子枠の創設で)偏差値が下がる? はぁ?」と本音ベースの“反論”を展開していた。東京・千代田区の一橋講堂で開かれた「高等専門学校制度創設60周年記念シンポジウム」(独立行政法人国立高等専門学校機構などの主催)で、益学長が基調講演をした際に飛び出した発言だ。

 高等専門学校(高専)の記念行事に益学長が招聘されたのは、益氏の神戸市立工業高専出身という来歴による。神戸高専を卒業して東工大に3年編入し、博士課程修了後、東北大教員を経て東工大に戻り、18年に学長に就任した。自らが“多様化の旗手”だったわけだ。

東京工業大学の益一哉学長東京工業大学の益一哉学長

 ちなみに、高専は中学卒業などを入学資格にする5年制の高等教育機関で、全国に58校ある(国立51、公立3、私立4)。全高専が工学系の学科・コースを置き、5年間の課程(本科。高校+大学学部2年に相当)を終えた後は、大学3年に編入が可能だ。本科を卒業後、併設の専攻科(2年間の課程)に進み、直接、大学院に進学する道もある。

 ただ、全国の高専には1学年約1万人の学生が在学するも、かなりマイナーな存在だ。実態は、教養科目が極端に貧弱で、他方、学部段階の専門科目を1~2年次から速習させることもある極度の詰め込み教育を施し、5年間のうちに学生の2割ほどが留年・中退する、強力なスクリーニング(選別)が行われているのも特徴のひとつ。卒業生のほぼ4割が国立大や高専の専攻科に進学し、6割が大企業を中心に就職する。そんな教育機関である。

──東工大の女子枠の創設に、益学長が高専卒だったことと、なにやらかかわりがありそうだ。益学長の講演から紐解いてみたい。

70年代に始まった東工大の高専からの編入受け入れ

高専60周年記念シンポジウムで講演する東工大・益一哉学長「高等専門学校制度創設60周年記念シンポジウム」で講演する東工大・益一哉学長=2022年11月16日、東京・千代田区の一橋講堂=撮影・筆者

 益学長は講演で、「一人の高専の卒業生としてここに来た」として、東工大の学院に編入学する高専の本科生や大学院に進む高専の専攻科生の移り変わりに触れた。

 東工大がはじめて高専からの編入を受け入れたのは、高専創設から10年後の1972年のこと。益氏が1976年に東工大3年に編入した際には、同期の高専卒は函館から佐世保まで全国からやってきたものの、人数は17人どまり。その後、高専からの編入を前提にした国立の長岡、豊橋の両技術科学大学が設置されて、1978年には学生受け入れがはじまり、この影響で一時、東工大に編入する高専卒がゼロになる。

 1993年には高専卒の学生確保のために、工学部が編入枠を定員化し、97年には生命理工学部も続いた。以来、編入学した学生は常に定員(現状30人)以上となり、最大47人で推移することになった。各地の高専専攻科からも60人程度が修士課程に入学し、加えて、大学としては人数を把握していないとしながらも、高専から他大学に編入後、東工大院に進む学生も一定数存在する。これら3ルートを合わせると、東工大には毎年、百数十人の高専在学を経験した入学者がいるとみられる。新設される女子枠にも匹敵する、別ルートからの入学者がすでに存在していたのだ。

 益学長は基調講演で「東工大は、関東6県(出身)の学生が70数%。高専から入ってくる編入学生は全国から。多様性という観点で非常に重要」とも語り、続けて「もっと(高専からの編入を)増やしてもいい。と、言うとまたいろいろ軋轢がでるんで……」と冗談めかしつつ高専枠の拡大をほのめかした。

 ただ、蛇足を加えると、高専から同系統の学科に編入した学生は事実上、専門科目はほぼ履修済みで、大学では同じ科目を再受講するようなもの。1年次から入学し、一般科目を中心に履修して3年になった学生と比べると、高専からの編入組が好成績になるのはある意味当然だ。

 ところが、大学1~2年に相当する高専4~5年が履修する一般科目の講義時間は極端に少ない。高専では教養教育が軽んじられていると言ってもいい。高専卒の学生は、一般に教養と専門の知識が両立しない、トレードオフの関係にもあるようだ。

女子高生は東工大を敬遠してきた?

 記念シンポジウムでの女子枠にかかわる益氏の発言に、もう少し触れる。

 「よく勘違いされるんですが、偏差値が下がる学生が入ってくる、男子に対する不平等じゃないかという言われ方をする」「(しかし)

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