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【がんと向き合う⑪】薬の副作用の苦しさ、「ゲノム医療」の入り口

告知を受けて1年半、新しい治療法を探る

隈元信一 ジャーナリスト

「余命3カ月~半年」から1年半

 がんを告知されてから1年半が過ぎた。

 前立腺がんで、すでに全身の骨や肺に転移があり、おまけに悪質な神経内分泌がんが混合している。「3カ月から半年」の命と宣告された。それがここまで生きることができたのは、なぜなのだろうか。週に1回、訪問診療に来てもらっている鈴木内科医院の鈴木央院長に聞いてみた。

鈴木内科医院の鈴木央院長=本人提供
 「一つは、最初のホルモン剤(ゴナックス)が前立腺がんに非常によく効いたことですね。それがいま効果が落ちてきているのは確かですが、これから先どうなるかは誰にも分かりません。もう一つ、3カ月から半年というのは神経内分泌がんが暴れるという予測のもとだったと思いますが、その予測に反して神経内分泌がんが暴れなかった。これまた先のことは誰にも分からないでしょう。でも、希望を捨てることはないし、このまま暴れなければ、それに越したことはありません。前立腺がんに対して新しい治療をやって、それが効果を発揮する可能性もゼロではない。十分希望を持っていただいていいでしょう。隈元さんの場合は、気力を強く持たれて前向きにお考えになったことも良かったと見ています。我々としては、これから少し悪いことが増えてくるということを前提に、お世話をさせていただこうと思っています」

 最初は効いたホルモン剤の効き目が、1年半たって薄れてきた。これから処方される薬がどこまで効くか。これまでは暴れなかった神経内分泌がんがいつどう暴れ出すか。これから先は、この二つにかかっているということだろう。

 先のことを考える前に、いま私は複数の薬の副作用に悩まされている。

 まず、がんの骨転移に対する薬と虫歯治療との意外な関係だ。

連載のこれまで
①病は不意打ちでやってきた
②激痛に耐えながら受けた余命宣告
③「がんばれ」は「がんを張り倒せ」だ
④「普通」ではないがん、治療の選択肢は少なく
⑤コロナ禍、家族が消えた病院は
⑥病院を離れ、介護施設、そして自宅へ
⑦理学療法士の指導で「歩く」を取り戻す
⑧たくさんの薬に支えられて
⑨闘病を支えてくれる、人の情け
⑩医師のいない村でがんになったら

100人中7~9人の不運に見舞われた

 冬場から右下の奥歯(虫歯)2本が痛み出し、さわるとぐらぐらする。

 近所の歯科医に診てもらったら、月に1回、東邦大学医療センター大森病院で注射してもらっている骨転移の薬、ランマークの副作用かもしれないという。ランマークの歯への副作用のことは歯科医だけでなく、私のようにランマークの注射を受けている患者は、知識として頭に入っている。だから歯科医も慎重に虫歯治療をしてくれていたのだが……。

 がんの治療との関係もあるので、紹介状を書いてもらって、東邦大学医療センター大森病院の口腔外科に向かった。MRIやCTなどによる画像診断の結果は「ランマークの副作用による骨髄炎」。このまま何もしないと顎骨壊死(がっこつえし=あごの骨が死んで溶けたような状態になってしまうこと)に至るという。そうならないよう、まずぐらついている2本の歯を抜いてから、先の治療に進むことになった。

 病院にもらった「骨吸収抑制薬剤の注射による治療中もしくは治療経験のある方への歯科治療および口腔外科手術に関する説明書」には、こんなことが書いてある(句読点など補足)。「骨吸収抑制薬剤」というのは、ランマークのことだ。

 〈骨吸収抑制薬剤は、骨粗しょう症や癌の骨転移などに対し有効なため、多くの方々に使用されています。しかし、最近こうした薬剤の使用経験のある方が抜歯などの顎骨に刺激が加わる治療を受けると、顎骨壊死が発生する場合があることがわかってきました。海外の調査では、抜歯を行った場合、骨粗しょう症でこうした薬剤を内服している患者さんでは1000人中1~3人の方に、悪性腫瘍で注射を受けている患者さんでは100人中7~9人の方に顎骨壊死が生じたと報告されています。顎骨が壊死すると、歯肉膨張・疼痛・排膿・歯の動揺・顎骨の露出などが生じます〉

 そういえば昨秋、奥歯の神経を抜く治療を受けた。それが「顎骨に刺激が加わる治療」に該当したのかもしれない。歯科医はランマーク注射のちょうど中間の日を狙って慎重を期してくれたのだが、防げなかった。不運と考えるしかないだろう。

 右下の奥歯はもっと早くから痛みを訴えていたとも考えられる。私は骨転移のために麻薬製剤を含む強い鎮痛剤を飲んでいる身だから、歯からの痛みのアラームに気づくのが遅れたのかもしれない。普通は痛んでから鎮痛剤を飲むわけだが、それが逆。今後は、からだのどこかにちょっとでも痛みや違和感があったら、軽視しないようにしたい。

新しい治療の道を探って

 もう一つの副作用は、この連載の8回目で報告した通り、がん細胞の増殖を抑えるイクスタンジという薬を飲み始めてから、吐き気がして、食欲がわかなくなったことだ。吐き気は治まるどころか、悪化している気がする。歯の痛みも加わって、食事に不自由をきたす。原稿を書こうとしても吐き気をもよおす。生活や仕事に支障があること、この上もない。

 だからと言って、この薬をすぐにやめるわけにもいかないだろう。このところ、前立腺がんの腫瘍マーカー(PSA)の数値は上がり続けている。イクスタンジをやめるなら、それに代わる治療の道を探らなくてはならない。どうするか。二つの方策を模索中だ。

 一つは、新たな抗がん剤を投与してもらうこと。医師の説明によれば、新たな抗がん剤は点滴で受けることになり、2週間くらいの入院が必要になるという。

 もう一つは、がんゲノム医療の道だ。

 東邦大学医療センター大森病院は、「がんゲノム医療連携病院」に指定されている。

 ゲノムとは、遺伝子情報全体のこと。がんゲノム医療とは何か。病院側の説明はこうだ。

 〈がん遺伝子パネル検査等により、がんに関連する遺伝子変異を調べ、これらの変異にあわせて、患者さん一人一人に最適な治療を見つけていく医療です。現在のところ、がん患者さん全員がこの検査を受けられるわけではありません。いくつかの条件を満たした患者さんのみが、保険適用のがん遺伝子パネル検査を受けることが可能です〉

 要するに、これまでのように前立腺なら前立腺、肺なら肺と、からだのどこにがんができたかで治療を考えるのでなく、がんの原因となる遺伝子の変化に着目するところが新しい。患者の遺伝子を調べて、それに合った治療法を選ぶ。がんが遺伝子の変異による病気だということを考えれば、合理的な治療法と言えるだろう。

 治療の前提となる「がん遺伝子パネル検査」を受けてみることにした。検査の前提となるのが、がんの組織を採取する「生検」だ。前立腺がんの確定診断をするため、前に1回受けていたから、2回目だった。「あの痛いのをもう1回やるのか」と気が重かったが、仕方がない。

生検の激痛、副作用……でも、生きていることに感謝

 1泊2日の入院をして受ける生検とはどういうものか、やや詳しく説明しよう。

 まず、下半身は下着まで脱ぎ、横になって局所麻酔をしてもらう。次に、肛門から超音波装置を挿入し、前立腺の状態を確認。会陰部から前立腺に向かって生検針(病院によって直径約1.5ミリとか1.2ミリとか太さが違うようだ)を突き刺し、前立腺の組織を採取する。前立腺がんの確定診断をするための前回は十数カ所から組織を採取した、今回は6カ所の組織採取ですんだ。私は麻酔があまり効かない体質なのか、生検針を刺すたびにこれまでの人生で感じたことがないほどの痛みが襲う。本当に飛び上がりそうになった。

 合併症がないことを確かめるために1泊し、何もなければ退院。私は幸い何もなかったので、1泊2日の入院ですんだ。しかし、生検針を刺した会陰部が痛み、その後1週間くらいはまともに座れなかった。仕事を抱えている身には、酷な1週間だった。

 今後のスケジュールとしては、生検で採取したがん組織の検体をアメリカの専門機関へ送り、調べてもらう。検査結果が分かるまでに1カ月くらいかかるようだ。その結果を受けて、その後の治療が決まる。あるいは、検査でどんな遺伝子変異があるのかが分からず、その先の治療を断念することもある。あまり期待せず、待つしかないだろう。

 さて、薬の副作用はランマークとイクスタンジだけではない。

 眠気は前よりひどくなった。オンライン会議はせいぜい1時間くらいが限界。参加しない方が失礼をしないですむ場合も多い。むしろ出かけて行って、友人・知人と会話を交わす方が、気晴らしになるし、寝落ちを避けられる場合もある。大学の講義も同様だ。

 何はともあれ、1年半を生きることができた。その間に本『探訪 ローカル番組の作り手たち』を出せたし、学生の指導や執筆活動も続けられている。この幸運に感謝しながら、残る人生を充実させたいと思う。

0iravgustin/shutterstock.com