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ジャニー喜多川氏の性加害問題とワインスタイン事件の違いは何か

社会ぐるみの隠蔽体質、無関心体質が変わらない日本

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

 2023年4月12日、日本外国特派員協会で元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト(岡本カウアン)さんが記者会見を行った。現在26歳の彼は、ジャニーズ事務所に所属していた15歳から退所までに、創業者のジャニー喜多川氏から15回から20回の性的虐待を受けていたことを公表した。彼がこの会見場に日本外国特派員協会を選んだ理由は、日本の大手メディアの大多数がこの問題について過去何十年もの間、沈黙を続けてきたためである。

 「こうやって記者会見を開くことで、日本(のメディア)が取り上げなかったとしても世界で取り上げていただけるので、そこは覚悟して話している」

故ジャニー喜多川氏からの性被害について会見する、元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさん=2023年4月12日、東京都千代田区故ジャニー喜多川氏からの性被害について会見する、元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさん=2023年4月12日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で

 今年の3月には英国の公共放送BBCがジャニー喜多川氏の性的虐待問題を取り上げたドキュメンタリー、『J-POPの捕食者──秘められたスキャンダル』を放映した。長い間、日本のテレビ局が無視を決め込んできた問題に、海外メディアが切り込んだのだ。日本でも字幕入りで放映されたが、やはり日本のテレビ局は現在までほぼ沈黙を保ったままだった。

遅れている日本の司法システム

ジャニーズ事務所ジャニー喜多川氏による性加害問題は1980年代から浮上していた=東京都港区のジャニーズ事務所
 喜多川氏による、未成年者も含む所属タレントへの性的虐待問題は、過去に何度も浮上してきていた。もっとも古いのは、1988年に元フォーリーブスのメンバーだった北公次さんが著書『光GENJIへ』の中で告発したもの。その後元ジャニーズのメンバーによって何冊もの告発本が出版され、1999年には週刊文春が喜多川氏による性的虐待疑惑の特集記事を出した。

 ジャニーズ事務所は週刊文春/文藝春秋社を名誉棄損で訴える民事訴訟を起こしたが、2003年の二審判決(東京高裁)により虐待は事実と認定されている。

 こうした数々のスキャンダルも一部の紙媒体が報道したのみで、テレビは取り上げなかった。警察当局も動かず、喜多川氏は2019年に亡くなるまでついぞ捜査の対象になることもなかった。カウアン・オカモトさんの記者会見も、本人の懸念通り日本のテレビ局はごく一部を除いて沈黙を保ったまま。ジャニーズ事務所は今も健在で、多くのトップタレントを抱えて日本のエンタテイメント業界に君臨している。

 米国に移住して40年以上たつ筆者から見ると、この日本の現状はあまりにも異常な事態だと言わざるを得ない。その責任の一つは司法システムにもある。

 先進諸国の中で唯一日本は、2017年に強姦罪が強制性交等罪に改正されるまで、男性に対する性被害が犯罪行為としてまともに取り上げられずに来た。この改正によって、被害者が男性の場合も含めてようやく、被害者が告訴しなくても、強制性交が捜査の対象になったのである。もしこの改正が10年前に行われていたら、喜多川氏は捜査の対象になっていただろうか。

#MeToo運動のきっかけとなったワインスタイン事件

 権力者がその地位を利用して、弱い立場にある相手に性的虐待を加えていたというのは残念ながら世界中で起きていることだ。#MeToo運動の発祥地であるアメリカでも、それは例外ではなかった。

 その流れを大きく変えたのは、2017年10月にニューヨーク・タイムズと雑誌ニューヨーカーがほぼ同時に、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの長年にわたる性犯罪を大きく報道したのがきっかけだった。

ロサンゼルスでのアカデミー賞授賞式に妻と現れたハーベイ・ワインスタイン氏(左)。当時はオバマ政権下、権勢を誇っていた=2014年3月
ロサンゼルスでのアカデミー賞授賞式に妻と現れたハーベイ・ワインスタイン氏(左)=2014年3月

 ワインスタインが自分の立場を利用して、女優らに性的虐待を行っているのは、長い間ハリウッドの公然の秘密だった。映画監督クエンティン・タランティーノも後になって「自分は適切な行動を起こさなかったが、知っていた」と告白している。だが長い間ハリウッドだけではなく、財界と政治家にも大きな影響力を持っていたワインスタインは、アンタッチャブルな存在とされてきた。財力にものを言わせ、被害者たちに口止め料をばらまいてきたことも後に明らかになった。

 長い時間をかけて取材を続けてきたNYタイムズが報道に踏み切ったのは、匿名を条件に取材に応じていた被害者たちの中で、女優アシュレイ・ジャッドが最終的に実名報道に同意したためである。

残りの人生を獄中で過ごすワインスタイン

 この過程をドキュメンタリー風に描いた映画『She Said』(邦題『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』)は、見ていて手に汗を握る良くできた作品だ。二人の若い女性記者が中心となって、被害にあった女優だけではなく、過去に働いていた秘書、口止め料を払った弁護士などに体当たり取材をしていく。NYタイムズが「嗅ぎまわっていること」を知ったワインスタイン側からの恫喝にもめげずに、真実を追求していく2人の若い女性記者たちの手腕、掲載を決断した編集長の毅然とした姿は見ていて爽快だ。

 NYタイムズの報道後、次々と80人以上の被害者たちが名乗りを上げた。中にはアンジェリーナ・ジョリーや、グウィネス・パルトロウのような大物女優も含まれている。当初は「同意なく性行為に及んだことはない」と主張していたワインスタインは、結局ニューヨークで警察に出頭し、逮捕された。その後起訴され、2020年にはニューヨークで禁錮23年、今年2月にロサンゼルスで禁錮16年の判決を受けた。現在71歳のワインスタインは、恐らく残りの人生を獄中で過ごすことになるだろう。

 ワインスタインほど力を持った存在でも、社会が一致団結して立ち上がれば被害者は泣き寝入りする必要はない。世界的なMeToo運動の大きな発端になった事件だった。

ワインスタインとジャニーズ事件の違いは

参加者は「#MeToo」などと書かれたプラカードや花を掲げた=2020年2月11日、富山市ジャニーズの問題に対しても当初からメディアをはじめ社会が立ち上がっていたら……

 ワインスタインとジャニー喜多川氏の違いはいくつもある。

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