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写真・図版 : 1863年ごろの横浜港の風景。沖合に停泊しているのは薩摩藩攻撃のために集結した英国艦隊とみられる=朝日新聞社刊「甦る幕末・ライデン大学写真コレクション」より

1863年ごろの横浜港の風景。沖合に停泊しているのは薩摩藩攻撃のために集結した英国艦隊とみられる=朝日新聞社刊「甦る幕末・ライデン大学写真コレクション」より

  • 写真・図版 : 日中戦争で、温州-端安間の運河で活躍した日本軍の船艇を再び飛雲江に戻すため、約200メートルの陸地に数千本の竹を敷き、数百人の苦力が引いた中国・江蘇省端安
  • 写真・図版 : 中国・南京の町で、軽便車で日本軍の荷物を運ぶ肉体労働者。下関は揚子江(長江)の南岸にあり、北岸の浦口との間は連絡船で結ばれていた1939年2月7日
  • 写真・図版 : ムチで打たれ、甲板で踊らされる奴隷たち=同博物館公式HPより
  • 写真・図版 : 1863年ごろの横浜港の風景。沖合に停泊しているのは薩摩藩攻撃のために集結した英国艦隊とみられる=朝日新聞社刊「甦る幕末・ライデン大学写真コレクション」より
  • 写真・図版 : 往時の繁栄の面影を残すリバプール港。一番左奥の建物に奴隷貿易博物館がある=筆者写す