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写真・図版 : ロシア極東・ハバロフスクを流れるアムール川で氷塊が光りを放つ。あたりは川幅約2キロ。冬季に氷結した川面では所々で氷塊が突き出て、日を受けて透き通った光を放つ=2006年1月

ロシア極東・ハバロフスクを流れるアムール川で氷塊が光りを放つ。あたりは川幅約2キロ。冬季に氷結した川面では所々で氷塊が突き出て、日を受けて透き通った光を放つ=2006年1月

  • 写真・図版 : ロシア極東・ハバロフスクを流れるアムール川で氷塊が光りを放つ。あたりは川幅約2キロ。冬季に氷結した川面では所々で氷塊が突き出て、日を受けて透き通った光を放つ=2006年1月
  • 写真・図版 : ロシアと中国の国境を流れるアムール川。氷で覆われていた=2004年11月15日、ロシア・ハバロフスク
  • 写真・図版 :      マックス・キュス
  • 写真・図版 : 日露戦争の後、1918年に日本がシベリアに出兵した当時のロシアの軍港ウラジオストク。停泊中の軍艦は(左から)中国の「海容」、日本の「三笠」、フランス艦、日本の「肥前」=朝日新聞特派員が撮影
  • 写真・図版 : コーラスグループ・ダークダックス
  • 写真・図版 : 中ロ国境を流れ、ロシア・ハバロフスクに至ったアムール川。ここでの川幅は1.5~2キロあり、冬は完全に結氷する=2004年11月18日
  • 写真・図版 : 結氷したアムール川には、対岸を行き来する人たちによって川面に道が出来る=2006年1月、ハバロフスク
  • 写真・図版 : ハバロフク市内の「アムールの浜」と呼ばれるアムール川に設けられた水泳場。日曜日、多くの市民が短い夏を楽しもうと日光浴や水遊びの人たちが繰り出し、にぎわっていた=1967年6月
  • 写真・図版 : アムール川畔でコウラ干しする人々。立っているのは寝る場所がないのではなく、焼きたいところを太陽の方へ向けているからだ=1965年、ハバロフスク
  • 写真・図版 : 北海道稚内市の宗谷岬に近い浜辺に立つ「間宮林蔵 渡樺出港の地」の石碑。間宮はここから2度、樺太に渡った=2021年7月、筆者撮影
  • 写真・図版 : 北海道稚内市の宗谷岬に立つ間宮林蔵の立像=2021年7月、筆者撮影
  • 写真・図版 : 厳冬のアムール。地中の泥炭が燃え、漂う煙が夕日で赤く染まる=2006年1月、ビロビジャン
  • 写真・図版 : オデッサの町を発展させたリシュリュー公爵の像。市庁舎からの延びるプリモールスキー並木通りに立つ=2018年5月(Multipedia / Shutterstock.com)
  • 写真・図版 : 1987年5月のウラジオストク市内の様子。極東最大の軍港のため長らく外国人の立ち入りが禁止されていたが、この取材当時はゴルバチョフ政権のグラスノスチ政策で緩和されつつあった。帝政ロシア時代に多くの外国人が居留した街には当時の建造物が残る。写真は、旧日本総領事館の建物で撮影時はガン病院として使われていた
  • 写真・図版 : 出版された「アムールの波」の楽譜に載ったベラさんの写真
  • 写真・図版 : オデッサの市街地(Hrecheniuk Oleksii 
 / Shutterstock.com)
  • 写真・図版 : 映画「戦艦ポチョムキン」のポスター
  • 写真・図版 : ポチョムキンの階段=2020年6月(Multipedia / Shutterstock.com)