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写真・図版 : 主要国の首脳として初めて広島を訪問したオバマ米大統領に、平和記念公園で説明する岸田文雄外相(当時)。左は安倍晋三首相。奥は原爆ドーム=2016年5月27日

主要国の首脳として初めて広島を訪問したオバマ米大統領に、平和記念公園で説明する岸田文雄外相(当時)。左は安倍晋三首相。奥は原爆ドーム=2016年5月27日

  • 写真・図版 : 主要国の首脳として初めて広島を訪問したオバマ米大統領に、平和記念公園で説明する岸田文雄外相(当時)。左は安倍晋三首相。奥は原爆ドーム=2016年5月27日
  • 写真・図版 : 中距離核戦力(INF)全廃条約の調印式で、ペンを交換するレーガン米大統領(右)とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長=1987年12月8日、ワシントン
  • 写真・図版 : 【左】INF全廃条約に伴い解体される巡航ミサイル。米ソ両国の査察官らが立ち会った=1988年10月、米アリゾナ州のデービス・モンタン空軍基地【右】ロシアの大陸間弾道ミサイル(ICBM)基地「ボロゴエ4」。米国との戦略兵器削減条約に基づき地下発射台が破壊された。1993年6月22日、朝日新聞は外国メディアとして初めて破壊現場を取材した
  • 写真・図版 : カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地から発射実験で打ち上げられた大陸間弾道ミサイル「ミニットマン3」=2020年2月5日、米空軍提供
  • 写真・図版 : 衆院本会議場で、初めての所信表明演説をする岸田文雄首相=2021年10月8日
  • 写真・図版 : G7広島外相会合の際、核保有国の米英仏を含む各国外相を案内して原爆死没者慰霊碑へ献花を終えた当時の岸田文雄外相(中央)。会合では核兵器のない世界を目指す「広島宣言」を採択した=2016年4月11日
  • 写真・図版 : 2015年の核不拡散条約(NPT)再検討会議で話す岸田文雄外相(当時)。会議は翌月、中東非核地帯構想への米英などの反発で決裂し、最終文書の採択ができぬまま閉幕した=2015年4月27日、国連本部
  • 写真・図版 : 核兵器禁止条約の採択後、わき上がる議場。スマートフォンで採択を報告する外交官も相次いだ=2017年7月7日、ニューヨークの国連本部
  • 写真・図版 : 史上初の国連軍縮特別総会に参加した、日本国民の代表団のデモ行進。「ノーモア・ヒロシマ」の声は、摩天楼に響いた=1978年、ニューヨーク
  • 写真・図版 : 1981年6月5日、衆院外務委員会は非核三原則を盛り込んだ核軍縮決議を全会一致で採択した。決議の骨子は①核兵器拡散のおそれを除去するため最善の努力をする②国連をはじめ国際会議等で我が国の軍縮に対する態度をより一層明確にする、の2点。写真は採択後、委員に挨拶する園田直外相
  • 写真・図版 : オンラインで開催された核軍縮の実質的な進展のための1.5トラック会合で発言する岸田文雄首相=2021年12月9日、首相官邸
  • 写真・図版 : ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は2019年11月24日、被爆地の長崎と広島を訪れて演説し、核兵器の廃絶を強い言葉で訴えた。核保有だけでなく核抑止も否定。米ロのINF全廃条約の崩壊など核軍縮後退を懸念し、被爆の記憶継承と団結を世界に呼びかけた
  • 写真・図版 : 米ニューヨークの国連本部
  • 写真・図版 : 広島市で開かれた核軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)の外相会合で、協議に入る前、被爆者の体験に聴き入る各国の外相ら=2014年4月12日
  • 写真・図版 : 核兵器禁止条約交渉をボイコットした日本政府代表の席には「あなたがここにいてほしい」と書かれた大きな折り鶴があった。NGO関係者が置いたものだった=2017年3月28日、国連本部
  • 写真・図版 : 核兵器禁止条約交渉会議で発言する長崎の被爆者で日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局次長の和田征子さん(中央)2017年6月19日、国連本部
  • 写真・図版 : 豪シドニーでは、核兵器禁止条約の発効を記念して国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」のメンバーらが集まった。オセアニアは欧米各国の核実験に苦しんできた歴史を抱える=2021年1月22日
  • 写真・図版 : 1954年3月1日(現地時間)、ビキニ環礁で行われた水爆実験の巨大なキノコ雲=米軍撮影