小北清人
2010年07月06日
「国に帰ったら、彼ら、無事で済むのだろうか」「やっぱり炭鉱送りになるのか?」
「あれほどゴールされて、金正日は黙っているだろうか――」
そんな懸念や同情の声が、少しヒソヒソと、おそらく日本全国各地で交わされたに違いない。少なくとも筆者は、たまたま立ち寄った喫茶店など東京都内3カ所で、こうした会話を偶然耳にした。
6月21日深夜の衝撃の試合から一夜明けた、22日昼間のことである。
熱戦続く南アフリカでのサッカーW杯。44年ぶりに出場を果たした北朝鮮はグループリーグでポルトガルに0-7と歴史的大敗を喫した。「これでもか、これでもか」と続くポルトガルのゴールラッシュはまるで闘牛士が突撃する牛にふるうサーベルのようだった。
この日の試合は北朝鮮でもテレビで生中継されていた。録画放送が普通の北朝鮮で、W杯の試合が生中継されたのは北朝鮮放送史上、初めてという。
おそらく北朝鮮指導部の重要人物が命じたのだ。「勝つか、少なくとも引き分けぐらいはするだろう。国民に生放送で見せてやれ」と。
なぜか。
「グループリーグ初戦の対ブラジル戦(北では録画放送)で、北は1-2で惜しくも敗れた。あの『世界最強』ブラジル相手に惜敗したのだ。2戦目の相手ポルトガルはブラジルより間違いなく弱い。ならば、わが国の代表が負けることなどあるわけがない――」
「欧州の強豪に勝利する朝鮮チームの姿を生中継で見せれば、経済難で困窮し、沈滞する民心を大いに奮い立たせることが出来る――」
生中継に踏み切ったのは、おそらく、こんな単純すぎる理由からだったろう。
ところが、思わぬ大差に北朝鮮テレビのアナウンサーは放送中に言葉を失った。国民の士気高揚と結束強化どころか、ますますの意気消沈をもたらすことになってしまったのだ。
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