加藤千洋
2010年07月19日
中国を舞台とした国際諜報戦の主な戦場はといえば、「昔上海、今北京」だろうか。
かつて「魔都」と呼ばれた時代の上海は、あらゆる犯罪とアヘン密売が横行し、そこに各国のスパイが暗躍した。その活動を助けたのは租界の存在だった。アヘン戦争後の19世紀半ばから英国を皮切りにフランス、米国と列強諸国が次々と設けた租界は中国側の警察・行政権が及ばず、スパイたちにとっては使い勝手のよい空間といえた。
そんな時代の象徴的人物の一人がリヒアルト・ゾルゲだ。彼はソ連赤軍総参謀本部から中国行きの指令を受けて1930年初めに上海入り。ドイツの農業専門紙や学会誌の特約寄稿者として活動し、ほどなくして朝日新聞上海特派員だった尾崎秀実と出会う。2人の間を取り持ったのは米人ジャーナリストのアグネス・スメドレー。彼女も水面下の活動にかかわっていたようだ。
その後ドイツ紙の東京特派員となって来日したゾルゲと尾崎の2人は太平洋戦争開戦前夜、「ゾルゲを中心とせる国際諜報団事件」として摘発され、処刑されたのはご存じの通りだが、先日、戦前の朝日新聞上海通信局長を務めた人物の「業務日誌」を閲覧する機会があり、そこに尾崎に関する面白い記述を発見した。
新聞社の「業務日誌」だから1930年前後の中国大陸で起きた事件のメモや分析、どのような取材をし、原稿を送ったかが克明に記録されている。興味深かったのは欄外に頻出する「尾崎君に前貸し何円」という局長メモだ。
関係者の証言によれば通信局員の尾崎特派員の取材活動はことのほか熱心で、交友関係もゾルゲやスメドレーなど国際的な広がりを持ち、ゆえに交際費が大いにかさんだそうだ。その結果、特派員手当の前借りを頻繁に通信局長に申し出たそうである。
余談はさておき、では現代の北京を舞台とした国際情報戦の様相は――。
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