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本格的な海上テロの始まりか――ホルムズ海峡のタンカー損傷

谷田邦一

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

 中東のホルムズ海峡で7月末、商船三井の大型原油タンカー、エム・スター(約16万トン)が、船体にナゾの損傷を受けてから1カ月。調査が進むにつれてテロ攻撃の様相が深まりつつある。しかし日本政府の対応は無策ぶりを露呈したままだ。同海峡は、世界のエネルギーの生命線であると同時に、核開発を進めるイランと欧米対峙する軍事的なフラッシュポイントでもある。万一、タンカーが大破し沈没していたら、日本は世界を巻き込む大惨事の当事者だったかもしれないのだが……。

 事件があったのは7月28日の真夜中。全長333メートルのエム・スターは、オマーン領海の穏やかな海面を、時速14ノット(約25キロ)で日本に向けて航行していた。

 積み荷は、前日にアラブ首長国連邦(UAE)で積んだ原油27万トン。

 船は商船三井の所有だが、太平洋の島国、マーシャル諸島に船籍をおく「便宜置籍船」で、船員は31人のインド人とフィリピン人。外見からは日本の関係船とわからない。

 右舷後方に衝撃があったのは午前零時半前。喫水線から20メートル近い高さにある船橋の居室のドアが破壊され、甲板にあった救難艇が吹き飛ばされた。

 当初は海賊による襲撃説からクジラや潜水艦などとの衝突説、「地震による高波」という珍説まで出て錯綜した。

 「アルカイダ系テロリストによる実戦訓練ではないか」

 事故の一報に触れ、海上テロに詳しい岡崎研究所の小谷哲男特別研究員はとっさにそう感じた。

 2004年、マラッカ海峡でテログループがタンカーを乗っ取って操縦訓練を行い、インドネシア海軍と銃撃戦の末に船員と船を解放した事件を思い出したからだという。

 海上テロの危険が指摘されて久しい。無防備な民間船を狙うのは容易で、世界経済に打撃を与える手段として効果が高いからだ。小型船を使った自爆攻撃としては実際に、2000年にイエメン沖で米イージス艦が、02年にはフランスのタンカーが被害に遭い、04年にもイラク・バスラの石油積み出し施設が狙われた。

 しかし不安定な洋上で航行する船を狙う攻撃は難しく、ここ数年はその危険が忘れられかけていた。

 「徐々に技量をあげており、今後は犯行が増える可能性がある。本格的な海上テロの始まりの始まりではないか」と小谷氏はみている。

 船体を沈めるほどの威力ではなかったが、損傷の激しさが攻撃力の大きさを物語る。

 UAE当局や日本の国土交通省の調査で、船体に放射状に付着した爆発物の痕跡が見つかり、厚さ約2センチの鋼鉄製の船体後部が水面下から水上部にかけて10数メートル大の円形状にくぼみ、凸凹に損傷していた。

 UAE側は「手製の爆発物を積んだボートによる攻撃を受けた可能性」との見方を強めている。事件直前に複数の小型船がタンカーと並走したり前を横切ったり不審な動きをしていたことも判明した。

 爆発物の特定には至っていないが、元海上自衛隊幹部で海洋政策研究財団主任研究員の秋元一峰氏は「威力の大きい爆発物のようだ。一般論だが、船体に穴を開けるのなら機雷が一番効果がある」と話す。

 しかしタンカーの航行速度は時速約25キロ。「この速度で動く巨大な目標を小型ボートで攻撃するのはかなり難しい」ともいう。

 何者による犯行なのか。その特定作業は難航している。

 8月初め、国際テロ組織アルカイダ系の「アブドラ・アッザム旅団」を名乗る組織が自爆テロを行ったとウェブ上に声明を出した。ウォール・ストリート・ジャーナル(8月5日)によると、同旅団はエジプトに拠点を置き、主に国内で爆弾テロを重ねてきたとされ、05年にはヨルダンに停泊中の米軍艦艇へのロケット攻撃にも関わりがあったという。

 01年の米同時テロ以来、アルカイダは一貫して米国などの世界経済の混乱をターゲットにしていることをみても何か関連がありそうだ。しかしウェブに示したタンカーの写真がエム・スターと異なるなど不自然な点が多いとして、日本では便乗犯として片づけられかけている。

 いずれにせよ全容解明にはまだ時間を要しそうだ。しかも捜査権は、船籍国のマーシャル諸島と発生地のオマーンにしかない。事実上の被害者である日本は蚊帳の外にあるのが実情だ。

 言うまでもなく、イランとオマーンにはさまれたホルムズ海峡は、陸路以外の迂回ルートがないエネルギーの動脈路。毎日、世界の消費量の20%に相当する1700万バレルの石油が通過し、日本向けの8割がここを通過する。

 伝統的な不安定地域でもあるが、2001年に始まった米軍のアフガニスタン攻撃以来、各国の有志連合軍の艦艇が対テロ作戦のために集結し、広範に洋上パトロールを重ねている海域でもある。

 そんな場所で起きた今回の事件。万一、エム・スターが同海峡で沈没していたら、どうなっていたのか。

 まずは満載していた27万トンの原油が大量に流出し、 ・・・ログインして読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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