後藤謙次
2010年09月02日
民主党代表選が告示され、菅直人首相(代表)と小沢一郎前幹事長の一騎打ちになった。弱冠47歳で自民党幹事長になって以来、「首相候補」と言われながら、一度として表舞台に立とうとしなかった小沢氏が20年の歳月を経て、ついに決断した。しかし、立候補の届け出を終え、粛々と投票に向けて事態は動いているにも関わらず、今もって「小沢氏は果たして真底首相になりたいのか」という疑念が消えない。
小沢氏は大きなことを起こす際には2つの条件が揃わなければ決して決断をしてこなかった。「大義名分」と「勝算」だ。例えば、93年の自民党離党は「政治改革」。その後も政界再編、政権交代など四文字熟語の分かりやすい大義名分をかざして国民世論を味方に引き入れてきた。ところが、今回の立候補にはその大義名分が見つからない。せいぜい「挙党態勢」がそれかもしれないが、とても大義とは言えない。「挙党態勢」は国民にとってほとんど関係のない極めて内輪の話だからである。
むしろ小沢氏は自身の事務所をめぐる政治資金規正法違反で秘書3人が逮捕され、自身も被疑者として取り調べを受けた身だ。しかも国会で1度も説明もしないまま、わずか3か月前には幹事長を辞任したばかり。どう考えても大義がない。結局は今回の立候補は小沢氏の「生き残り」が本当の出馬動機と思わざるをえない。加えて「勝算」についても小沢氏には確たる自信がないはずだ。最終局面で鳩山由紀夫前首相の調停工作に応じる構えを見せたのも小沢氏にとって「望まざる立候補」だったことをうかがわせる。
8月25日に行われた「小沢一郎政治塾」での小沢講演。この中で小沢氏は「米国人は好きだが単細胞」「英国人は好きではない」などと発言、とても首相を目指す政治家の発言とは思えない。長く自らの発言が政治責任に直結しない場所に身を置いてきた小沢氏の政治家として「負の資質」が図らずも露見してしまったように思える。
「表の顔より、裏の権力」。これが小沢氏のベストポジションだ。2日の日本記者クラブ主催の討論会で小沢氏は首相を目指すことを初めて明言したが、
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