加藤千洋(かとう・ちひろ) 加藤千洋(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。1972年、朝日新聞入社。大阪本社社会部を経て北京特派員、アジア総局長、中国総局長などを経て外報部長。編集委員。2004年から2008年まで「報道ステーション」(テレビ朝日系)コメンテーター。一連の中国報道で99年度ボーン上田記念国際記者賞。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
加藤千洋
日本のメディアは中国外務省が抗議の意思伝達のために丹羽宇一郎駐中国大使を午前零時という時間帯に呼び出したことを、外交儀礼上も「きわめて異例」とか「非礼な振る舞い」と報じた。
だが考えてみよう。そもそも「大使」とは、相手国の意思を受け取り、自国に伝えるために駐在しているのであり、深夜であろうと早朝だろうと、相手政府から公式の呼び出しを受けたら出頭せねばならない。民間出身で着任間もない丹羽大使ではあるが、かねて勉強家の呼び声高い人だから、それくらいのことは事前に学習ずみであろう。
それに日本大使だけが「非礼」の狙いうちをされている訳ではない。米中間に摩擦が生じれば北京駐在の米国大使も「異例」の時間帯に呼び出しを受ける。こうした手法は、いいか悪いかは別にして、広い意味での外交(駆け引き)の一環といえる。
それにしても今回の問題では日中双方のメディアとも熱くなりすぎている。互いに自国政府の主張の基本線を支持し、中国メディアには「武力行使」の可能性まで論じているものがあるが、論外である。
とはいえだ。私も今回の中国政府の対応ぶりには違和感を覚える。ここ10年、それ以上さかのぼって考えても、これほど強硬だったことは思い出せない。政府高官の交流だけでなく、上海万博を訪問する予定の日本の青年交流団の受け入れまで拒否するなど、民間交流まで政治問題化させるのは理解に苦しむ。
強硬姿勢の背景として日本メディアはほぼ一致して「国内対策」を指摘する。国全体としては経済成長が続く。だが富みの恩恵に預かれるものとそうでないものとの経済格差、あるいは地域格差は拡がる一方だ。さまざまな格差を背景に農村部や内陸部の工場などで争議事件が頻発している。その数は一日に300件前後とされ、学生ら若者の反日デモがいつ政府批判に跳ね返るかわからないという状況にある。だから民衆に「弱腰」と受け取られるような外交姿勢はとりにくいという訳だ。こうした事情は確かにあると思う。
もう一歩突っ込んで考えたい。それは中国のメディア状況だ。
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