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中国を知れ 日本の力量が問われている

藤原秀人

藤原秀人 フリージャーナリスト

 日中間の様々な問題を主に中国側から取材してきた。問題が起きた後の展開も予測してきたが、共産党の権威や主権といった原則問題では、中国は極めてかたくなである。当たり前のことだが、日本人は往々にして忘れがちである。

 沖縄県の尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、中国人船長が逮捕されるという事件が起きた時、思い出したのは、2004年春にあった中国人活動家による尖閣諸島・魚釣島への不法上陸事件だ。活動家は逮捕されたものの、送検されず強制送還となった。

 そのころ、日中関係は小泉純一郎首相の靖国神社参拝などで冷え込んでいた。だが、小泉首相は「法に基づいて適切に処理すると同時に、問題が日中関係に悪影響を与えないよう、大局的に判断するという基本方針を関係当局に指示していた」と語った。当時の中川昭一経産相も「これが法律違反とか特別の措置だとは思っていないが、現実をみると、日本の法律よりも外交上の配慮を優先したという印象をもっている」と述べた。

 つまり、日本政府は「政治判断」をしたのである。この後訪中した川口順子外相は温家宝首相との会見を実現させた。日中双方がギリギリのところで関係悪化を食いとめたといえよう。

 だから、船長が逮捕された後に送検、勾留された時に、私は中国側の強い反発を直感した。「あの小泉でさえ送検しなかったのに、どういうつもりなのだ」。中国の少なからぬ知人は驚いていた。私も日本政府がどこまで覚悟を決めていたのか疑問だった。

 今回の事件をめぐり、民主党の代表選に懸命だった菅直人首相がどこまで深く関与したのかは定かでない。04年の事件を参考にしたのかも明らかでない。容易に予想できる中国側の対抗措置も織り込んでいたのか。

 中国のメディアや識者のなかには、事件が起きた時に船長の逮捕を強く主張した海上保安庁を管轄する国土交通相だった前原誠司氏が外相に就任したことを問題視する意見もある。前原氏がかつて中国脅威論を唱えただけでなく、米国の対中強硬派の駒と見られているからだ。その前原氏がどう中国に向き合っていくのか。

 前原氏は05年の暮れに民主党代表として訪中したが、「中国脅威論がたたって」(中国共産党幹部)首脳との会談は実現しなかった。前原氏が「(中国側と)突っ込んだ話はできた。一定の成果だと思う」と私たちに語ったが、物足りなさはひしひしと感じた。

 中国人は歴史認識で譲らないのと同様に過去の言動を忘れない。中国要人とのパイプがない前原氏で日中関係が維持できるのか。日中の外交筋は注目している。

 領土や歴史、台湾など双方が譲りにくい問題を抱える日中関係は21世紀になっても、問題が繰り返される。台湾の李登輝元総統への訪日ビザ発給、小泉首相の靖国参拝、瀋陽総領事館事件、西安の日本人留学生の寸劇に対する抗議デモ、中国人の尖閣諸島上陸、反日デモ……。日中間の懸案は絶えないのだ。

 今後も問題は起きるだろう。その都度、どうやって巧みに対処していくかが大事だ。領土など解決しがたい問題があるので、日中が兄弟のようになるのはまだ夢物語だ。ただ、外務省間など官僚同士の関係は悪くない。問題は政治家の多くが中国に対話の相手を持っていないことである。長年与党だった自民党も世代交代して中国とのパイプはやせ細った。

 私は中国人船長逮捕の後、遅い夏休みを中国で過ごした。

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