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 元外交官で外交評論家の岡本行夫氏に、日米同盟が将来、解消されるとすれば、どういう時だろうかと尋ねたことがある。答えは明快だった。

 「中国が民主化する時でしょうね」

 むろん予見しうる将来、そんな見通しはないという前提だったのは言うまでもない。現に米ソ冷戦構造が生んだ日米同盟は、60年近い歳月を経た今も、不安定さが残るアジア情勢に双方の共通利益を見いだし存続している。

 ただし、どんな同盟であっても、始まりがあれば、いつか終わりもある。もし日米同盟が終焉するならば、どのようなシナリオが考えられるのか。同盟研究の先駆として知られる土山實男・青山学院大教授は、次の5つのケースを挙げたことがある(「日米同盟Q&A100」亜紀書房)。

 (1)日米いずれか一方が、それを継続する能力を失う(例えば、米国の衰退)。

 (2)同盟継続の意思がなくなる(共通の脅威や共通の利益の消滅)。

 (3)同盟計算の帳尻があわなくなる(基地問題など維持運営のコストの増加など)。

 (4)国際危機の対処にギャップが生じる(日米の対応が食い違う場合など)。

 (5)国内体制の変化(政治制度や世論の激変)。

 その上で、土山教授は日本側が留意すべきは、(3)の「同盟計算」と(4)の「危機対処ギャップ」の2つと指摘し、それらに「細心の注意を払わなければならない」と警告した。

 昨年9月の政権交代をきっかけに始まった日米安保の揺らぎには、この警告がぴたりとあてはまる。

 ブッシュ前政権が世界規模で取り組んだ米軍変革(トランスフォーメーション)で、アジア・太平洋地域の中核拠点と位置づけられた沖縄。民主党政権は、そこに前方駐留する米海兵隊の航空部隊の本拠地、普天間飛行場の移設問題の見直しに手をつけた。結果はご存じの通りである。地元沖縄は期待を高めた分だけ落胆も大きく、日米双方にとって、コストとしての基地問題の重みが大幅に増してしまった。

 また新政権は、日米中3カ国を「正三角形の関係」と表現し、あたかも「対米基軸」から中国寄りの安全保障政策にカジを切るかのような印象をふりまいた。160人もの国会議員を引き連れた小沢一郎氏の異様な北京訪問は、その代表例だろう。米国政府の危惧を、鳩山前首相のかつての「駐留なき日米安保」論や、在日米軍の規模縮小を意味する小沢氏の「第7艦隊で十分」発言が裏打ちした。民主党首脳たちのこうした安保観が、いかに米国側の不審を買ったかは想像にかたくない。

 その揚げ句、熱心に秋波を送っていた中国との間で何が起きたのか。9月に起きた尖閣諸島周辺での衝突事件は、浮かれた幻想を打ち砕くいい刺激になったといえる。政治学のテキスト通りに、日米同盟はこの1年、同盟終焉に向かって漂流していた。

 急速な経済成長を背景に、露骨な膨張主義をちらつかせる中国にどう対処すればいいのか。この命題は、日米共通の外交・安全保障の課題である。オバマ政権は、クリントン政権以来10年越しの「関与とヘッジ」戦略を引き続き維持する方針を固めている。中国を国際社会の枠組みに関わらせ、自ら政策を変更するように仕向ける一方、それが失敗した時のために、軍事力を含む方法で危機回避するという発想だ。自民党政権はこの考え方に同調し、政策の変更を進め始めていた。

 2002年から06年にかけての在日米軍再編のプロセスで、日米両政府は、台湾海峡と朝鮮半島の危機を日米共通の「戦略目標」と位置づけ、日米が役割・任務・能力をそれぞれ分担して高めることで合意。自衛隊の防衛力整備もそうした方向で動き出していた。少なくとも昨年9月に政権交代が起きるまでは。

 ハーバード大のジョセフ・ナイ教授の薫陶を受け、日本で政治研究を続ける山口スティーブ・日本ソフト・パワー研究所代表(山形県)は、日本のおかれている現状を「熟年夫婦の危機」と呼ぶ。

 「日本は瀬戸際に立たされていることに気づいているのか。米国はアジアのリーダーシップを中国に任せるのは時期尚早と考えている。欧米とともに長年培った世界秩序を守るのか、それとも新興の中国が作る新たな秩序に与するのか、日本は今、大事な判断を迫られている」

 新たな脅威となりつつある中国の軍事的台頭を前に、日本側の同盟管理ありようが問われているのは間違いない。ふり返れば、この60年間、日米同盟の主要な役割は一貫して脅威の「抑止」であり続けた。中国に対しても同じ路線を踏襲するのかどうか、早急に答えを出さなければならない。

 国際政治学者、アレキサンダー・ジョージ・スタンフォード大名誉教授の言葉を借りれば、抑止とは「威嚇をもって、敵対者に、自分の利益に反する行動をとらせないようにする努力」(「軍事力と現代外交」有斐閣)のことだ。抑止はいったん崩れたら意味がない。崩れないよう、威嚇は信憑性があり十分に強力でなければ効果がない、というのが鉄則だ。絶えず努力の積み重ねが必要とされる。

 そうした原則に沿って、自衛隊は冷戦時代を通じて「張り子のトラ」よろしく外見だけは立派な防衛力を整備した。最新鋭の戦闘機、強力な重戦車、高性能の護衛艦や潜水艦……。ただし実態は「一点豪華主義」というに等しく、残りの大半の部隊はおしなべて貧弱で、米軍と機能補完して初めて実力を発揮できるといういびつな構成だった。

 冷戦後、若干の見直しはあったものの、この基本構造は今も大きく変わっていない。海を隔てた隣国の動きをとらえる情報収集能力しかり、輸送や攻撃力などの戦力投射能力しかりである。米軍の支援に頼ることなく、一定程度の作戦のほとんどを自前では遂行できないのが自衛隊の現実の姿である。米国のヘッジ戦略を補完するのであれば、方向性は自ずと見えてくる。そうでないのなら、これまで未体験の新たな道を探らなければならない。

 尖閣問題では、多くの学者や専門家が指摘するように、中国は日米間の間隙を巧みに突いてきた。たとえば ・・・ログインして読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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