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個人的体験から考える「海外に出て行く意味」

鈴木崇弘

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 私が、はじめて海外にいったのは、もう30年以上も前の学生時代のヨーロッパ旅行だ。当時は、1ドル200円台。海外に行くことは、気軽に誰でも海外にいける現在と異なり、日本人にとり、新しいこと、未知のことを知ることであり、刺激的であり、今以上に晴れがましい、優越感を感じられることだった。

 私は、当時すでに日本は豊かで恵まれた国であるという意識を持って、ヨーロッパの地を踏んだ。しかし、その思いとは違い、ヨーロッパはより豊かで、歴史を感じさせ、それと比べれば、日本はいまだ貧しく、まだまだ発展しなければならないと感じたものだ。その意味で、私の自信は脆くも砕かれたのだ。その思いが、その後の私の様々な活動のモチベーションになっており、それは今も続いている

 それ以降、海外を何度も訪問し、海外で留学や生活をしてきた。日本はさらなる発展を遂げ、より豊かになり、日本が貧しいとかは思わなくなった。しかし、その後も、海外を訪問するたびに、それはたとえ先進国ではなくとも、多くの刺激を受け、インスパイヤーされ、学ぶことは非常に多い。

 また海外に行って一番重要なことは、海外を知る以上に、彼の地と比べることによって、日本自体を、そして日本の良し悪しを理解できるようになることだ。逆にいえば、日本を知るには、海外を知ることが必要だということだ。

 私を含めて海外経験のある多くの日本人が語っているが、海外に行き、外国の人々に日本の制度や文化、社会等を質問されるときになってはじめて、そのことに回答できず、自分がいかに日本を知らなかったか、いかに日本を理解していなかったがわかるのだ。そのようなことは、日本にだけ生活していたときには予想もしなかったことだ。

 また、私が、海外で留学し、仕事をしているときは、英語が使用言語だった。その際多くの場合、周りには頼る者もあまりいず、自分で考え、相手に自分の考えを伝え、理解を得ていくしかなかった。それらの経験を通じて、自助努力と相手とのコミュニケーションの重要性を学ぶことができた。特に、このような経験を、若いうちから積むことができたので、その後の人生の困難を乗り切れてきたと思う。

 最近、留学や海外で仕事や生活したいという日本人の若者数が減ってきていることが、アンケート結果や留学生数に顕著に現れてきているといわれる。現在のように、日本では、誰でも簡単に海外に行けるし、日本社会自体が恵まれているので、海外での「わざわざ」の面倒さを手間暇かけて経験する必要性もないなかでは当然といえば当然のことかもしれない。

 しかしながら、私がはじめて海外に行ってわかったように、その「わざわざ」体験がないことには、日本自体を知ることやその良さを理解したり、新たな刺激を得ることができないのも事実だ。

 そこで提案である。日本には、軍事的な徴兵制は幸いにも存在しないが、半年から1年程度強制的に海外留学をすることを、大学卒業の条件に組み込んではどうだろうか。 ・・・ログインして読む
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筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学客員教授(政治学)

城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授。1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。

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