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 50歳代半ばのネウィンさん(仮名)と会ったのは4月11日、東京・井の頭公園で開かれた「水祭り」の時だった。在日ビルマ人たちが集まり、仏教正月を祝っていた。

 ミャンマー(ビルマ)軍事政権の弾圧を逃れて90年代初めに来日した。祖国でネウィンさんは医者だった。しかし来日してからは飲食店の皿洗いで生計を立てている。寿司屋、和食屋と転々し、私が会った時は都心の中華料理店で働いていた。国に残した妻と2人の息子とは時々、電話で話すだけ。5月ごろ、シンガポールで家族と20年ぶりに再会する予定だった。「久しぶりに妻や子供の顔を見るのが楽しみです」。緑の芝生であぐらをかいたネウィンさんは英語でそう言った。

 ミャンマー総選挙の直前、ネウィンさんの消息をビルマ人の友人に尋ねた。すると最近は、皿洗い生活によるひざの痛みがひどく、仕事を休みがち。家族と再会できたが、親子4人が一緒に生活できる見通しはないという。

 5千人前後の在日ビルマ人の中には、ネウィンさんのような苦闘を続ける人が少なくない。20年ぶりに祖国で総選挙が行われた今も、彼らの生活に明るい展望は見えてこない。

「怒りと一緒にくやしい気持ちで一杯です」。総選挙への感想を聞くと、40歳代半ばのその友人はこう答えた。軍事政権の翼賛政党が選挙で勝利するのが決まっている茶番選挙である。問題は、どれだけ国民の支持を集められるか。20年前の選挙結果を完全に無視した軍事政権は今回、「国民に投票を」と懸命に呼びかけた。民主主義に関するブラックジョーク集の一つに選ばれてもいいエピソードである。

 民主化指導者アウン・サン・スー・チー氏の解放、公正な総選挙による民政移管を求めて、欧米諸国は援助の削減、新規投資や軍高官の訪問の禁止といった厳しい制裁を行ってきた。日本もインフラ建設への援助はやめ、人道援助などに絞った。しかしこうした要求は結局、実を結ばなかった。

 制裁が挫折した最大の要因は中国だ。インド洋への進出を狙う中国は、天然ガス・パイプラインなどのインフラ建設に巨額の援助をし、中国商品を市場に浸透させた。タイやインドの首脳も最高指導者タンシュエ氏と会談し、シンガポールの企業はヤンゴンに投資した。こうして経済制裁は尻抜けになっていった。

 総選挙によって国軍の翼賛体制が確立したいま、国際社会には、どのような外交の選択肢があるだろうか。

 経済制裁をこの段階でさらに強化し、この国の孤立化を進める。この国の民主主義と人権侵害の状況を考えれば、一つの選択肢だろう。しかしクリントン米国務長官はすでに「制裁によって成果が生まれていない」と語っている。日本も欧米も援助は減らしており、外交のテコに使えそうにない。今後、孤立化を進めようとすれば、軍事政権を中国依存へと追い込むだけだろう。

 では経済制裁をむしろ緩和し、交流を強化すればいいのだろうか。

 スー・チー氏や2千人に及ぶ政治犯の解放を求める立場からみれば、この選択は認めがたいに違いない。民主化を求める僧侶や市民を弾圧する軍事政権をどうして支援しなければいけないのか。多くの人はこの疑問の前に嘆息し、思考を停止させているのが現実だろう。

 こうした国際社会の戸惑いを見透かすかのように、軍事政権は13日にもスー・チー氏を自宅軟禁から解放すると伝えられている。しかし過去の例から見ても、スー・チー氏が活発に活動しようとすれば国軍は躊躇なく再び拘束するのは間違いない。軍事政権によるスー・チー氏の取り扱いに国際社会が一喜一憂する状況は変わりそうにない。

 ここで指摘しておきたいことは、スー・チー氏の解放に世界の目が注がれている20年の間に、私たちが見過ごしてしまったことがありはしなかったかということだ。

 冒頭で紹介した在日ビルマ人の困窮はその一例だ。ミャンマーだけでなく、スリランカや北朝鮮といった軍事強権国家が生き残り、中国との連携を強めているという足元のアジア情勢もその一例だ。軍事政権への制裁を続けている間に国際社会の対ミャンマー外交の余地は狭まり、手詰まりに陥ってしまっている。

 スー・チー氏への尊敬の念は国民の間に根強く、民主化を求める人々の精神的な支えであり続けるだろう。しかし総選挙を経て国民民主連盟(NLD)は解党され、スー・チー氏は手足をもがれたも同然の状態だ。自らの活動の足場が失われた痛手は大きい。

 国際社会が引き続き、スー・チー氏の政治活動の自由を求めていくのは当然のことだ。しかし、より必要なのは、軍事政権を批判しながら実際には何の有効な手も打てない「じり貧外交」から脱することだ。軍事政権と、その圧政の被害にある国民とを明確に区別した上で、中長期の展望のもと、積極的な関与政策に転換すべきだ。

 その第一は、在日ビルマ人の支援策と、ミャンマーとの人的交流の強化策である。

 冒頭にあげたように、軍事政権に弾圧された在日ビルマ人の日本滞在が長期化しているにもかかわらず、仕事の機会は少なく、生活は不安定だ。超過滞在になり、強制送還に脅えるビルマ人も千人前後いるとされる。生活の改善支援や職業訓練とともに無償の日本語教育支援を強化すべきだ。人的交流といっても、軍の息のかかった政府高官の招致は止め、民主化運動に関心を持つ人々を積極的に招き、市民との交流を進めたい。次の時代を担う若い留学生を多く受け入れたらいいが、ここでも軍人の子弟や軍のコネで来た人物は除くべきだ。

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筆者

脇阪紀行

脇阪紀行(わきさか・のりゆき) 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

1954年生まれ。79年に朝日新聞社に入社、松山支局などを経て大阪本社経済部に。90年からバンコクのアジア総局に駐在。米国ワシントンでの研修を経て97年からアジア担当論説委員。2001年からブリュッセル支局長。06年から論説委員(東南アジア、欧州など担当)。2013年8月末に退社、9月から、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム特任教授。著書に『大欧州の時代――ブリュッセルからの報告」(岩波新書)、『欧州のエネルギーシフト』(岩波新書)。

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