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【AAN第12回朝日アジアフェロー・フォーラム】緊張する南北関係と日本――「併合」100年の夏に

WEBRONZA編集部×AAN(朝日新聞アジアネットワーク)提携

■(1)緊張する南北関係と日本――「併合」100年の夏に

崔相龍(チェ・サンヨン)元韓国駐日大使、法政大学特任教授

南北朝鮮・米中4カ国の衝撃緩和をねらった安保理議長声明

【司会(若宮啓文・朝日新聞コラムニスト)】 この夏は韓国併合100年を迎えますが、一方で韓国の哨戒艦の爆破事件によって南北朝鮮の関係も緊張していますので、世話人の先生方とご相談してこのテーマにしました。しかも、運よく豪華なゲストお2人をお迎えすることができた次第です。

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 崔相龍さんは元駐日大使をされたので、もう皆さんよくご存じですけれども、高麗大学で長く教鞭をとられて、実は「日韓フォーラム」というのが1993年に細川・金泳三会談を機に始まり、私も加えていただいたんですけれども、崔先生は創立の中心メンバーでいらして、それ以来のおつき合いをさせていただいております。

 とりわけ金大中大統領のブレーンとして活躍されました。金大中さんが日本に来て国会で演説したとき、韓国の民主化について「奇跡は奇跡的に訪れたわけではない」という有名な言葉を残しましたが、実はそのフレーズを考えたのがここにいらっしゃる崔相龍さんです。

 たまたまこの春から法政大学に特任教授として来ていらっしゃいますので、夏休みでお帰りになる予定をちょっと延ばしていただいてお越しいただきました。

 それから、朴裕河さんは韓国の世宗大学の教授でいらっしゃいますが、専門は日本文学ですね、漱石とか日本の文学や思想の研究者なんですが、少し幅を広げて日韓の和解のネックとなっているセンシティブなイシューに取り組み、和解を阻害する左右のナショナリズムを分析して『和解のために』という本を書かれました。その翻訳が日本で出たところ、朝日新聞で出している大佛次郎論壇賞というのがあるんですが、たまたま私も選考委員だったころですが、非常に高い評価を得て受賞されました。もう三年ほど前です。ということで、ご存じの方も多いのではないかと思いますが、たまたま朴先生も先週末にこちらのほうに用事があっていらっしゃるということを聞きつけまして、今日来ていただいたわけです。

 それでは、それぞれのご関心に沿って、南北の状況と日本あるいは東アジアに広げた状況についてお話をいただこうと思います。では、崔先生から最初に。

民主平和論の源流はアメリカではなく、2500年間の西洋政治思想に流れている

【崔相龍・元韓国駐日大使(法政大特任教授)】 皆さんこんばんは。ご招待ありがとうございます。久しぶりに友人の皆さんにお会いできると思って、軽い気持ちでまいりました。

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 私は、今、法政で3科目教えておりますが、そのテーマや最近の私の研究関心をお話し、その後で今日のテーマである「例の事件」についての私の意見を少し述べさせていただきたいと思います。

 私の最近の研究関心は3つあります。

 1つは、日本で民主平和論といいます。「democratic peace theories」。

 30年前から今まで、平和研究の一つの流れとして、あるいはアメリカの政治外交の理念として生かされております。

 クリントン大統領も演説でデモクラティック・ピースの話をしたり、ブッシュ大統領もたまに「democracy leads to peace」と言うんです。同じ意味ですね。要するに民主平和論というのはアメリカの外交の理念と言っていいということです。

 民主平和論については学界でも賛否両論があって、今も否定的に見る人が多いんです。この民主平和論を批判するのは意外と簡単です。民主主義のチャンピオンと自称しているアメリカが戦争ばかりやっているから、自己矛盾になっていますね。私が関心を持っているのはそういう賛否の対象じゃないんです。民主平和論の思想史的根本をさぐりたいんです。

 最近、民主平和論者の一部では、民主平和論の哲学的根源がイマヌエル・カントであるという主張をしています。私は、それに非常に深い疑問を持っています。

 民主平和論についてのアメリカの研究はempiricalな方法が主流です。経験的、計量的な手法です。古代の哲学も計量化しちゃうんです。

 私から見れば民主平和論の哲学的根源はカントではないということです。

 その疑問から始めて、ジャン・ジャック・ルソー、ジェレミー・ベンサム、そして非常におもしろい思想家はエラスムスです。蘭学のおかげで、オランダ語で書かれた『平和の訴え』という古典を日本人が翻訳したんです。カントより200年も前の人です。カントの永久平和論以上の密度のある論文を出しています。

 彼の思想でも、民主主義体制と平和の相互関係についてかなり言われております。アメリカのブルース・ラセットもマイケル・ドイルもヘンリー・キッシンジャーもそれを読んでいないかもしれません。

 私は、カントからルソー、ベンサム、エラスムス、もっとさかのぼって私の専門分野であるアリストテレスを民主平和論の問題意識で読み直したんです。

 アリストテレスは6つの政治体制を取り上げておりますが、そこでポリティー(polity)というのがあります。そのポリティーは多数で合法的な政治体制。今われわれが楽しんでいる民主主義と一番近い古代の原形ですね。そこですでにポリティーは「stable and peaceful」であるということを言っています。

 私のポイントは、今言われているアメリカの民主平和論の哲学的根源は、カントではなく、ルソー、ベンサム、エラスムス、いや2500年の西洋の政治思想史に脈々と流れているという結論です。それが私の20年の研究の結果でございます。

東洋の「中庸」は古代ギリシャ哲学と呼応し、サンデル教授の哲学にも通じる

 それから第2に、私は儒学の家庭で生まれて、小学生から中庸思想を強制的に習いました。何の意味も知らないで。

 その後、私は34年間韓国で政治思想史を教えてまいりましたが、偶然にも西洋と東洋の中庸思想に接することができました。

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 皆さん、プラトンの国家論と法律論、アリストテレスの倫理学、政治学。すでにお読みになったと思いますが、中庸思想という問題意識を持ってもう一度読んでみてください。おもしろくておもしろくてしようがない。

 いままで中庸思想は、古代中国人の黄金律と思っていたんです。しかし、プラトンの法律論、その直後のアリストテレスの『ニコマコス倫理学』という古典は中庸の固まりなんです。

 2500年前の古代中国と古代ギリシャ。当時は宗教もイデオロギーもファンダメンタリズムがなかった時代に自然に生まれた倫理と政治の規範が中庸です。中庸は絶対化の時代、極端論(extremism)の時代にはその生命力を生かせません。

 この中庸こそ今、相対化の時代、脱冷戦時代への我々の想像力の発揮に非常にプラスになると思います。実際、政治実践の場では中庸は、建設的な妥協、創造的な折衷、ダイナミックな均衡、いろいろな形で生かされています。

 現代政治思想史で最も話題になっているジョン・ロールズ、マイケル・サンデル教授の思想も、私は中庸という問題視角で理解しております。

 ジョン・ロールズが提起している、政治的価値と非政治的価値の重合的コンセンサス(overlapping consensus)も一種の中庸的構想力の表現です。

 サンデルは、功利主義と自由主義を批判し「自由+アルファ」の価値として正義と徳を取り上げ古代のアリストテレスへ帰ろうとしているんです。この場合、高度の判断が必要でありこの判断がアリストテレスの実践知(practical wisdom)、すなわち中庸であると結んでいます。

 したがって私は、古代ギリシャと古代中国が共有していた中庸思想が今の世界の政治哲学を理解するにも非常に役に立つと思います。

日中韓に共通の思想的資源:東アジア共同体議論のために

 3番目は、東アジア共同体なんです。日中韓三国は経済のレベルでは相互依存関係は、非常に深まっております。それはノーマルなコースなんだけれども、EUのような政治統合は予見しうる将来においてはほとんど幻想に近いんです。

 しかし、私は、日中韓に共通の思想的な資源がいっぱいあると思います。そこで私は、具体的に17世紀の中国の実学者、黄宗羲、18世紀の韓国の朴趾源(パク・ジオン)、19世紀の日本の横井小楠、この3人の古典を読むと、見事にその思想の共通項が見えます。

 実際今、日中韓三国は彼らの思想を実践してきました。日本は明治以来、いや、あるいは江戸時代以来、和魂洋才の政策課題に取り組んできました。

 戦後韓国の産業化、民主化も実学の思想の延長線で解釈することができます。1978年以来の中国の改革・開放も。

 以上が、私の研究関心の三つのポイントでした。

意図的あいまい性含む議長声明

 最後に、今日のほんとうのテーマなんですが、この問題関心の「例の事件」については7月9日の安保理議長声明を中心に私の意見を述べることにします。

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 議長声明本文を読んで感じたのは、意図的あいまい性というか、間接話法を使い、関連国家の不満を最小限にしながら、でも「事態をこれ以上悪化させない」といういろいろな思惑、政治判断の集合みたいな、そういう印象でした。

 具体的に、日本とロシアは一応関心度から見れば少し離れますので、北朝鮮と韓国、中国とアメリカの反応を中心に説明させていただきます。皆さんもすでにご存じだと思いますが、まず北朝鮮はその議長声明に対して、私は偶然にテレビで聞いたんですけれども、国連大使が、「a great diplomatic victory」と言いました。

 彼らがどういう根拠でvictoryと言うのかということを考えてみますと、大体声明の第6項を強調しています。

 第6項には「The Security Council takes note」という表現があります。take noteというのは、これは外交文書でよく出る用語なんですけれども、留意するという意味ですね。

 何を留意するかということは、北朝鮮は、自分たちはその事件と何の関係もないと言っていますね。それをそのまま、that it has nothing to do with the incidentと。このthe incidentという表現も、一応客観的な事件として取りあげたわけです。北朝鮮の主張をそのままtake noteというのが第6項の内容でした。

 今までの北朝鮮の対応ぶりから見れば、比較的に抑制的反応を示しました。いずれ6者協議に入って、自分たちの一貫した主張である平和協定を論じようということになると思います。

 韓国政府も一応外交成果を強調しています。その根拠は、議長声明の第7項です。

 「Therefore, the Security Council condemns the attack」ということですね。「condemn」と「attack」を入れたことを外交成果としてとりあげています。表現の強度から見ると、「concern」とか「deplore」とか「condemn」があるんですが、condemnは比較的に強力な表現です。それにまたattackを入れたということです。攻撃の主体は入っていませんが、文脈を見ればだれでもわかるようなものであるという意味で一応attackが入っているんです。

 「therefore」、これも単なる副詞じゃなくて、非常に大事な意味があるんです。1、2、3、4、5を見ればわかるように。「従いまして」という含みですね。「Therefore, The Security Council condemns the attack…」、この文章を非常に強調して、韓国の主張がかなり入っているということです。

 中国も一応北朝鮮との関係維持をはかりたい。韓国との関係が少し緊張悪化しましたが、それ以上の悪化を防ぎました。それからまた、東北アジア地域を安定的に管理する、そういう戦略的考慮はアメリカと一致したわけです。

 アメリカも、中国とロシアを入れて、実際上北朝鮮の攻撃を糾弾したという判断じゃないでしょうか。

 当分冷却期間を置くと思いますが、まず(7月)21日にアメリカの国務長官、国防長官と韓国の外交通商部長官、国防部長官のいわゆる2プラス2という会議があるんです。そこで一応韓国とアメリカの例の事件についての判断、政治判断は整理されるのではないかと思っています。

 当面の問題として大事なことは、韓米合同演習ですね。何しろジョージ・ワシントンという空母が入るわけですからね。

 これは中国が脅威と受け取るわけなんですね。それで西海岸から東海岸へ移ろうと。もうほとんど本決まりになっているようです。

 結論的に言いますと、安保理議長声明は、関連国家、特に南北朝鮮、米中、この4カ国が、この沈没事件のジレンマ、というか渦巻きというか、そこから一歩距離を置くようにしたんじゃないかというのが、私の率直な感想でした。

【司会(若宮啓文・朝日新聞コラムニスト)】 どうもありがとうございました。時間をきっちり守っていただいて。最初の方のお話を聞いていて、これは何という日に司会を引き受けてしまったのだろうと思って(笑)、藤原先生にSOSをと思ったところですが、第4項目になりまして非常に時宜に即した安保理議長声明について、さすがになるほどと思われる分析、読み方を提示してくださいました。ありがとうございます。

 きょう、前外務次官の谷内正太郎さんがいらしているので、後でこの読み方を日本の方から補足していただきたいと思います。それでは次に朴さんにお願いします。

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