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【AAN第13回朝日アジアフェロー・フォーラム】インドへの道――われわれにとってインドとは何か

WEBRONZA編集部×AAN(朝日新聞アジアネットワーク)提携

■(2)インドを見る目 すれ違いの日印関係

小川 忠(国際交流基金日本研究・知的交流部長)

お互いをステレオタイプで見ている両国

【小川忠・国際交流基金日本研究・知的交流部長】 国際交流基金は、外務省所管の独立行政法人で、日本と諸外国の間の文化交流を通じて、海外における日本理解を広め、また、日本の諸外国理解を深めて、相互理解を達成していくのがわれわれのミッションです。

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 われわれの仕事をやっていく上で、三つの要素のバランスをとって向上させていくことが大事だということを、国際交流基金在勤の28年間、先輩から言われてきました。

 一つは、日本そのものの存在感というものを増していく、プレゼンスを向上させていくということです。それから、2番目の要素として、日本のことを好きになってもらう、好感度を上げていくという要素があります。3番目の要素としては、より深い知識、認識を持っていただく。この存在感、好感度、それから認識度というものをバランスよく向上させていくというのが我々の仕事だというふうに教えられてきました。

 国際交流の現場にいて常に感じるのは、往々にして人は先入観を持っていて、その先入観を満たすような文化交流をやったほうが喜ばれるケースが多いということです。何か先入観を壊すようなことをすると、観客は混乱して、事業終了後にアンケートをとっても不評であったということが多い。そんなことを経験してきています。

 そういう意味で、今日はこの日印の相互理解ということをお話しさせていただきますが、日印双方とも非常に先入観というか、ステレオタイプされたイメージでもってお互いを見ていて、そのステレオタイプされたイメージからなかなか脱却できない状況にあるんじゃないかということを感じます。それで、「すれちがいの日印関係」というようなタイトルを考えてきました。

 統計を見ると、先ほどの三つの要素の中では、インドは日本に対する好感度は非常に高い。しかし、その日本に関するプレゼンスと知識の度合いはどうかというと、必ずしも十分じゃないというのが一つの特徴なのかなと思います。これが例えば中国、韓国と比べてみると、中国や韓国はご存じのとおり、日本に対する好感度は低いです。かなり低い。ちょうどインドと逆のような状態になるかと思いますが、インドと比べると少なくとも日本に関する知識とかプレゼンスは高い。パターンが逆転した状態にあるというふうに理解しています。

 最近、外務省が対日世論調査というのをインドの主要都市12都市で2,000名ぐらいの有識者をターゲットにやりました。2009年2月の調査です。

 それによると、76%の人々が日印関係を「非常に良好」、もしくは「良好」というふうに回答しています。中国だとこれはほとんど逆になってしまうのではないですか。70%ぐらいが「良好でない」と答えると思います。

 また、インドにとって重要なパートナーはという質問に対して、アメリカ48%、ロシア30%、その次にちょっと開きがありますけど、日本が14%で3番目にランクされています。「インドにとって日本は信頼するに足る友邦か」という質問に関しては、92%が肯定的な回答をしています。

 それでは、「日本に関するイメージは」という質問をしたところ、回答が一番多かったのは「先進技術を有する国」、2番目が「経済力がある国」、3番目に「平和を愛する国」。科学技術立国、経済大国、そういうイメージが結構強い。それから、日本人のイメージということでは、「勤勉である」とか、「能率的な経営慣行を持っている」とか、創造的というイメージがあります。それから、日本語学習に関しては、6割以上の人が「日本語学習に関心がある」というふうに回答していますし、「多くの若者が日本に留学すべき」というふうな点に関しても肯定的な回答があったと。ということで、日本、日本人に対するイメージは非常によい。

 では、その日本に対する好感がより深い日本理解につながっているかというと、これは残念ながらそうでもない。多分、インドを旅行された方は経験されたことがあるかと思うのですけども、中国との混同、非常に初歩的な混同が結構あります。

 それから、もう一つは、欧米のメディアであるとか欧米の学会でつくられたイメージ、認識というのが、そのまま無批判でインドの有識者の中で受け入れられている。いわゆるフジヤマ・ゲイシャ的な異国情緒をそそる本やハリウッドの映画なんかが欧米で流行ると、もうそれが即、インドに伝わってくるという状態にあります。

「日本とインドで大きいのはどちら?」

 最近、国際交流基金ニューデリー事務所の職員がインドの小学校に行って講演をしたことがあるそうです。そこで、「日本とインド、どっちの面積が大きいでしょう」という質問を小学生にしたら、みんなが手を挙げて日本と答えたそうです。それから、「日本とインド、どっちの人口が多いでしょう」というと、これも日本というふうに小学生たちは一斉に答えたと聞きました。

 つまり、これというのは大人の意識が子供に反映していて、日本のことはあんまりよくわかってないけども、ある種のあこがれというか尊敬みたいなものがインドの中にあるということだと思うのですね。

 じゃあ、振り返ってみれば、じゃあ、日本人が現代インドのことをどれぐらい理解しているのだろうという点で考えると、われわれも反省すべき点が多いのではないでしょうか。今までの話の中にもありましたけど、ある古典的なインドイメージとか古典的なインド知識は持っていても、現代インド、非常に大きく変化を遂げている複雑なインドという国の多様性とか多重性というものをどれだけわれわれは、理解しているのか。ともすれば、文化の違いばかりが強調されて、非常に異質な国、異質な他者としてのインドということが強調され、インドに対する共感とか相互理解というものが欠けているという気がいたします。

誤解のきっかけは「宗教とカースト」

 インドに駐在していて、日本人がインドを誤解するつまずきのもとというのは大きく2つあるかなと思っています。それは宗教とカーストです。いまだにインドは仏教国、というイメージを持っている人が多いです。

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 インドは人口でいうとヒンドゥー教徒が8割です。イスラム教徒が1割ぐらいで、仏教徒は実は1%にも満たない。さらに人口の1割がイスラム教徒ということですから、実は中東のイスラム大国、イランとかサウジアラビアと比べてもイスラム教徒の数は多い。ある意味、インドはイスラム大国でもあるわけです。そういった認識を日本人はどれだけもっているでしょうか。

 それから、これもよく言われるのですけども、ヒンドゥーとイスラムの宗派間対立というのは何か多神教対一神教の対決で、必然的なものであるというような認識が持たれがちです。これも宗派間対立とか宗派間暴動をつぶさに見ていくと、その中には政治的な勢力が宗教を使って、ある種の政治的な利益を得るために宗派間対立をあおるという要素がありますし、必ずしも宗教、教義のせいでヒンドゥー、イスラムが対立しているのではない。そういったところをわれわれは見落としがちです。

 カーストの問題ですが、これはこの後、竹中先生がお話しされるように(今レジュメを見たんですけれども)、これもつまずきのもとなのです。インドの場合、カーストというと4つの階級、プラス、カースト外カーストがあって、古代からそういうカースト制度が強固に存在して、下位カーストの人々は人生あきらめてるといったイメージを持たれがちなんです。しかし、インドの現代政治の中で今起きていることは、そういった下層カーストの人々の政治的な参加とか発言力が増しているという現象があります。

 カースト意識そのものも、例えば都市部と村落部でかなり違ってきているし、また、都市部でも世代によってこのカースト意識の持ち方も変わってきている。カーストの実態に関していえば、インドのカーストは実際には「ジャーティ」という非常に細分化されたサブカーストがインド人の中では意識されています。この中で時代を経てこの下位のカースト(ジャーティ)が上位カースト化するということもありますし、それから、ジャーティは地域によってその位置づけが違っているというのがあります。同じジャーティでも、ある地域では最下層なのに、他の地域では中の下あたりに位置づけられるといったようなことです。それから、カーストは低いけども経済力はある富裕層が存在します。そうすると、階級とカーストのねじれ現象みたいものが発生しているということになります。カースト理解はなかなか一筋縄じゃいかないということなのですね。そういった問題というのを常日ごろ、考えておく必要があるのではないかと思います。

 下層カーストの人々は人生をあきらめていて、無気力であると言う人がいるのですが、私がインドへ行ったときに、西インドで大地震が起きました。2001年です。あのときに、いろんなインドのNGOの人々とともに救援活動をお手伝いしていて感じたのは、インドの地域の住民、特に下位カーストの人同士が助け合っているということです。、国際的に注目を集める大災害では欧米のNGOが華々しくマスコミに報道されたりするのですが、実は災害のときの救援活動の主役になっているのはそういった地域に生きる下層カーストの人々なのだということを実際私自身も実感して、報道と実態の乖離みたいなものを考えたりしました。

 さらにデータ的なものも紹介させていただくと、国際交流基金は海外での日本語教育の普及というのをやっていまして、海外の日本語教育に関するデータをとっているんですけれども、2006年と2009年で比べてみると、日本語学習者は11,011人から18,372人ということで67%ぐらい増えている。

 日本語機関数も106機関から170機関ということで60%ぐらい増えています。それから、われわれは海外で日本語能力試験という英語のTOEICに当たるような試験を実施しているのですが、2003年時点では3,897人だったのが、2008年には6,669人ということで、これも非常に増えてきています。

 ということで、この日本語学習に関しては次第にインドで拡大しつつあることが見てとれますが、しかし、抜本的な日印関係、日印交流を強化していかなければいけないと考えます。

 現在私は日米センターという部署で、アメリカとの交流を担当しており、ワシントンとかニューヨークに行って、そこの議会関係者であるとか、シンクタンクであるとか、大学の先生方とか、いわゆるアメリカの外交政策にかかわる有識者の人々と会うことが多いのですが、かなりのインド系の知識人がアメリカで活躍されていると感じます。

 その代表格というのがルイジアナ州の知事のジンダル知事でしょう。彼は共和党のホープで、次の副大統領候補なんて言われています。インド系のアメリカ人は今アメリカには257万人ぐらいいて、世代交代が起きている中で、かつてカースト意識ゆえに団結しなかったような人々が、インド系アメリカ人ということで団結しつつあるという事態が進行しています。彼らはインターネットを駆使して、様々なファンドレイジングとかネットワーキングというのを進めている。

米国で存在感増すインド人社会

 アメリカの外国人留学生のなかで最大のグループを形成しているのがインド人です。これが10万人ぐらいいると言われています。こういった10万人のインド人留学生のなかにはそのままアメリカに残る人もいて、彼らがアメリカの大学でインド研究をしたり、議会、シンクタンクでアメリカの対インド政策の形成に関与しているという状況にあります。

 ひるがえって、日本はどうかというと、今、在日インド人の数というのが2万人強、アメリカの100分の1以下。それから、文部省の統計で見ると、日本の大学で学んでいるインド人の留学生は543人、アメリカの大学在籍者の200分の1ですね。それから、さっき話しましたけど、インドの日本語学習者というのは1万人強ということで、アメリカとインドとの関係と比べると、この日本とインドの関係というのはほんとうに貧相なものです。

 これを、中国、韓国と比較してみたいのですが、中国の日本語学習者というのは今68万人、それから、韓国は91万人、インドは1.1万人。それから、日本の大学で学んでいる中国の学生というのが7万9,000人、韓国の学生が1万9,000人。全体の留学生の数が13万人ということですから、これで考えた場合も、インドの543人というのはあまりにも数が少な過ぎるのではないでしょうか。

 先ほど、藤原先生やタンカ先生の話にもあったように、日本の大学で現代インドを教えている大学というのはほんとに皆無に近いと言っていいんじゃないかと思いますね。近藤正規先生のように社会科学系学部や教養系学部で教えられている方がいますが、現代インドを研究するセンター、現代インド研究所のような本格的なものが日本の中に存在してない。現代インドをもっとわれわれは理解する必要があるし、そのための抜本的な交流の強化が今求められているというふうなことを感じます。あと、また質疑応答の中でお話ししたいと思います。

【司会(藤原帰一・東大教授)】 日本とインドの文化交流の現場でお仕事をされてきた経験をもとにしたお話をいただきました。で、「どうもまだまだだな」というようなことになりそうですね。最後になりましたが、竹中千春さんにお話をお伺いしたいと思います。

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