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「暴力装置」は「差別用語」か? 

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 最近、国会答弁で与党の失言がたびたび問題になっているが、仙谷官房長官が自衛隊を「暴力装置」と表現した。これを野党が追及し、後に仙谷官房長官は陳謝し、「実力組織」と言い換えた。また菅首相も同様に謝罪した。

 しかし、「暴力装置」という言葉自体に問題はない。むしろこの言葉に脊髄反射して問題視する野党の偏狭さの方が問題である。

 自衛隊の行事において来賓が与党を批判する内容のスピーチを行ったことに対して、北沢防衛大臣が「そのような人物を来賓として呼ぶな」という通達を出した。これが批判され、この件に関する答弁の中で仙谷官房長官の「暴力装置でもある自衛隊、ある種の軍事組織だから政治的中立を守らなければならない」という発言が出た。

 北沢大臣の通達は行き過ぎである。このような通達は自衛隊の現状を憂うような発言ですら禁じることになりかねない。また来賓のスピーチ原稿を事前に当局がチェックするなら事前検閲にあたり、憲法に抵触する恐れがある。これでは共産国である。来賓が原稿にないことを喋った場合、明治時代の政治講演会のように「弁士中止」と、邏卒(警官)よろしく警務隊が取り押さえろというのだろうか。せいせい口頭で不快の念を示すぐらいで良かったはずだ。筆者は北沢大臣の措置は異常だと思うし、彼に防衛大臣の資格はないと考える。

 だが、「暴力装置」という言葉が不適切だったとは思わない。こんなことを国会で問題にするほうが異常である。

 市民が武装を禁じられている国家においては軍隊(我が国では自衛隊)、警察、海上保安庁など武装した公的な組織が、暴力を独占し、いざという時は実力を行使するからこそ、治安と体制が保たれている。好き嫌いは別として、これは厳然たる事実である。

 これが暴力装置でなくて何なのだろうか。ボーイスカウト的組織とでも言い換えれば野党は満足するだろうか。

 極めて強大な暴力を行使できるこれらの組織を、慎重に制御・管理するのは政治の務めである。それを「これらの組織に危険は全くないのだ、彼らの忠誠を疑うのか」と、煽るのは無政府主義者によるアジテーターのたぐいでしかない。その方がよほど危険だ。少なくともそのようなポピュリズムに走る人間は国会にいるべきではない。

 恐らく野党が攻撃した理由は「暴力装置」という言葉は学生運動華やかなりし頃、左翼がよく使っていたから気にくわない、仙谷氏もかつては左翼だったから、自衛隊は嫌悪すべき暴力集団であるとの本音が出たのだ、ケシカラン、というものだろう。だがそれは感情論に過ぎない。感情論を国会に持ち込むべきではない。それではかつての社会党だ。

 「暴力装置」とは社会学者のマックス・ウェーバーが使い始めた言葉で、左翼に限らず政治学や社会学を囓った人間なら今でもよく使う言葉だし、「差別用語」ではない。左翼から見れば「右派」「保守派」である筆者も「暴力装置」という言葉はよく使っている。

 また自民党政調会長の石破茂氏も、筆者との共著「軍事を知らずして平和を語るな」(KKベストセラーズ)において次のように述べている。

 「国家という存在は、国の独立や社会の秩序を守るために、暴力装置を合法的に独占・所有しています。それが国家のひとつの定義だろうと。暴力装置というのは、すなわち軍隊と警察です。日本では自衛隊と警察、それに海上保安庁も含まれます」

 この件で与党を攻撃していた野党、特に自民党の諸氏は仙谷氏の「暴力装置」は許せないが、石破政調会長の「暴力装置」はOKとでも言うのだろうか。

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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