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霞が関の現役官僚が明かす「事業仕分けと天下りにみる"官僚のテクニック"」

古賀茂明(前国家公務員制度改革推進本部事務局審議官)/聞き手:一色清

 ――事業仕分けでは、短い時間で、しかも少ない人数で割と大胆な議論をして結論を出しています。その判断には間違いが含まれる可能性も十分あるので、権限が強くなりすぎるのも少し困るなあ、という気がします。「仕分けはどのような形がふさわしいか」と考えた時に、法律で根拠をつくる方法もいいと思いますが、本来なら今の仕組みでも「仕分け会議は首相の指揮の下にある」と考えれば、いちおう「仕分けは首相の指示」と受け止めることもできます。それならば根拠がないわけでもない、と思うのですが。

 私がいつも考えているいわゆる「政治主導」は、「政治家主導」よりは「内閣主導」究極的には「総理主導」というふうにとらえたほうがいいと思っています。

 内閣のトップは、言うまでもなく総理(首相)です。役人の考え方は、「内閣主導」まではいっても「総理主導」というレベルまではいかない。憲法上も、内閣が行政を行うのであって総理が独断的にやるわけではないことになっていますから、ある意味では正しいのですが、「閣議で決まった基本的方針に従って総理が政権を運営する」という点を、役人は非常に強調します。なぜかというと、小泉元首相のような強力なリーダーシップがあっても、閣議でみんなが反対すればできない、裏返せば、大臣を補佐する役所が反対すればできない、という意味合いで考えているからです。

 ですが、私は、「総理のリーダーシップを中心にした政治主導」こそが、いま一番必要なことだと思っています。

「内閣がやる」といっても、そもそも内閣の各大臣は首相が指名するわけで、反対するならクビにしてしまい、究極的にはぜんぶ自分で兼任することさえ可能です。首相は本来、そうした非常に強い行政の最終権限を持っているのだと理解すれば、必ずしも個別政策について「担当大臣、その裏にいる担当省庁が反対したらできない」というのではなく、「総理が中心にやる」という考え方で進めるべきだと思います。

 そういう意味では、いま一色さんが言われた通り、総理が「事業仕分けでしっかり吟味して報告してくれ」と言って、報告を受けた上で「これはやったほうがいい」「これは行き過ぎかな」と最後は自分が判断すればいい。

 そのためには、国家戦略室など官邸に自前のスタッフが必要で、総理個人が判断するだけでなく、総理および総理周辺で政治判断の要素を含めて最終判断を下す。仕分けの結果についても、最終的に「こうしてほしい」と各大臣に閣議の席で指示を出せばいい。普通はないと思いますが、「総理の指示には従えません」という大臣がいて、どうしても意見が対決するのであれば最後は大臣を罷免できる、というように、最後は総理が前面に出るようなリーダーシップのとり方が望ましいと思います。結局、法律をつくったり閣議決定したりして改革を根拠づけるとしても、最後は、「総理がどこまでやる気があるか」にかかっています。

 ――そうですね。それなら、すごくすっきりします。

 ただ、ひょっとすると民主党(菅)政権は割り切っていて、これは単なる「ショーアップ」だ、と考えているのかもしれません。

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