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 師走の某日、京都の街中の喫茶店に入ったら、二人連れの隣の客のこんな会話が耳に入ってきた。

 「このごろ清水坂あたりを歩くと、聞こえてくるんは、なんや中国語やらハングルやら、聞きなれん言葉ばっかりや」

「団体さんで途中ではぐれるものもおりまっしゃろ。こないだの夕方、おそらく通訳さんだと思うけど、長々と中国語でアナウンスして行方不明者を探してましたぜ」

 いかにも老舗商店の旦那風の二人。隣国からの観光客の急増をなげくでもなく、マナーをけなすでもなく、新しい状況に合わせた商いを「考えなあ、いけませんな」といったニュアンスの会話が続いていた。

 実際、人気スポットのひとつの清水寺への参道では、すでに「異変」が起きている。清水焼の龍の模様はツメが3本というのが定番だったそうだが、それがツメは5本じゃなければという中国人観光客の好みに合わせ、伝統の模様が描きかえられているという。

 一方、北京の書店をのぞくと、店内の一角に必ずと言っていいほど海外旅行の案内書コーナーがあり、いつも立ち読み客でいっぱいだ。中国人の海外ツアーは特権階級や富裕層のものから、早くも中間階層にまですそ野が拡大し、そう遠くない将来には『地球の歩き方』や『ロンリープラネット』の中国語版を手にしたバックパッカーが、世界中の街角でうろうろしだすだろう。

 海外にあふれ出る中国人観光客の増加は中国の国力の増強を映す鏡でもある。かつて日本の高度成長期は、そろいのバックに首からカメラをぶら下げた団体客がモナリザやトレビの泉の前を席巻したものだ。国際マナーなるものをわきまえぬ行動が、大いにひんしゅくを買ったものである。それがいまは、どこでも大声で話し、時には痰やつばも吐く中国人観光客の傍若無人のふるまいが次々摩擦を生んでいる。

 そうした中国人の観光客の姿は、日本に代わって「世界第2の経済大国」の地位に登りつめ、国際社会における存在感をますます高める中国の国の姿にも重なる。

 2008年の北京五輪、そして2010年の上海万博。大国として復興した姿を世界にアピールしようという2大国家プロジェクトはなんとかやりとげた。世界一の金メダルを獲得し、史上最多の入場者を獲得し、その狙いは一定の成果を収めたといえよう。もちろん中国当局の総括は「どちらも大成功」である。

 だが一方で、のぞんでいなかった、あるいは予想もしなかったような逆効果も生まれた。それがいま、じわじわと国際社会に広がっている。

 2大プロジェクトとほぼ時を同じくして、中国大陸では世界の耳目を集める出来事が相次いだ。四川大地震、チベット族やウイグル族ら少数民族の異議申し立て、地球環境問題を協議する場での中国代表の国益むき出し発言、劉暁波氏へのノーベル平和賞授与をめぐる中国政府の荒々しい対応……。

 まばゆいばかりの経済発展の陰にひそむ中国のもう一つの顔、そして衣の下の鎧がチラリ。一言でいえば ・・・ログインして読む
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筆者

加藤千洋

加藤千洋(かとう・ちひろ) 加藤千洋(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。1972年、朝日新聞入社。大阪本社社会部を経て北京特派員、アジア総局長、中国総局長などを経て外報部長。編集委員。2004年から2008年まで「報道ステーション」(テレビ朝日系)コメンテーター。一連の中国報道で99年度ボーン上田記念国際記者賞。

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