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英国流に学べ――新防衛大綱の行方

谷田邦一

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

 政権交代後初の「防衛計画の大綱」策定に向け、鳩山由起夫前首相が今年2月、私的諮問機関を立ち上げてから10カ月。菅政権のもとで政府の大綱案が形を整えつつあった矢先に、どんでん返しが待っていた。主要な柱のひとつだった「武器輸出三原則の緩和」が、国会対策の必要がある社民党への配慮からすっぽり抜け落ちてしまった。緩和方針には数多くの問題があったものの、国の安全保障の基本戦略の方向性が、土壇場でかくも軽々しく変更されたのには度肝をぬかれた。一事が万事このありさまだ。この政権の安全保障政策の先行きには大きな不安を感じてしまう。

 「自衛隊は、なぜ兵力も予算もほぼ同じ英国軍のようなパフォーマンスができないのか」――。

 戦略家クラウゼヴィッツを引くまでもなく、戦争は政治の延長であり、軍隊はその手段にあたる。同じ道具を使っているのに効果の上がり方が違うとすれば、それは使う人、すなわち政治の質が低いからではないか。20年近く防衛省・自衛隊の政策と活動をみていると、ついこんな疑問をもってしまう。防衛大綱は、自衛隊をいかに効率よく日本や国際社会の平和や安定のために使うかの指針だ。その4回目の策定にあたり、この疑問について少し考えてみたい。

 まずは日英比較のための基本的な数字をみてみよう(財務省作成の表参照)。日本は人口では英国の2倍だが、軍隊の規模や予算は似通っている。

 防衛予算(ドル換算)は、日本の463億ドルに対し、英国は650億ドル。英国分には、日本にない軍人年金も含まれているため、それを除けば双方の予算規模はより近くなる。また正規軍の数は、日本が23万人(陸14万、海4万、空5万)、英国が17.5万人(陸10万、海3.5万、空4万)と日本が多いが、文民を加えると日本25万人、英国27万人とほぼ同規模になる。志願制をとっているところも共通している。

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 しかしその活動状況には大きな開きがある。2008年当時の英国は、アフガニスタンやイラクなど3ヶ所に戦闘任務のための兵力1万2千人余を派遣、ドイツやキプロス、ジブラルタル、ブルネイ、中東・北アフリカ各地などにも約2万8千人を非戦闘任務で駐留させていた。なんと正規軍の23%が海外に展開していたことになる。

 一方、2010年現在の自衛隊の海外展開は、震災復興のためハイチに約350人 海賊対処のためジブチやアデン湾に約550人、そのほかPKO(国連平和維持活動)としてゴラン高原、ネパールに少数の人員を出しているだけ。海外派遣の割合は全体のわずか0.4%にすぎない。

 日英ともに周囲を広大な海に囲まれた島国なので、地理的な制約が少ない海軍力を比べてみよう(ミリタリーバランス2010参照)。英海軍の主な戦闘艦は、空母2隻、駆逐艦6隻、フリゲート艦17隻、潜水艦12隻の計37隻。一方、海上自衛隊の戦闘艦は、駆逐艦44隻、フリゲート艦8隻、潜水艦16隻の計68隻。航空戦力を主力とする空母や原子力艦をもつ英国との単純比較は難しいが、数の上では日本がかなり上回っている。

 英海軍はこの限られた資産を、実にじょうずに活用している。地中海やペルシャ湾、カリブ海・北大西洋、西アフリカ・南大西洋、フォークランド諸島と、それぞれに艦艇を張り付けてパトロールしているほか、空母や掃海部隊、漁船護衛艦艇などを即応できるよう待機させている。英国軍に詳しい専門家によると、戦闘艦の稼働率は約35%の高さにのぼる。まさにグローバルな展開といえる。海自はそれをはるかに下回るとみられている。

 一方、日本はといえば、アデン湾に派遣されている護衛艦2隻、哨戒機2機を除き、ほとんどが日本周辺にいてパトロールや訓練などの任務についている。ひたすら防衛に徹しているイメージだ。海自は、米同時多発テロを受けた対米支援の一環として、約8年にわたりインド洋に護衛艦や補給艦を派遣したが、海自の現場からはあまり歓迎されず「これ以上の長期化はたまらん」と悲鳴があがっていたのをよく覚えている。

 むろん日英両国を取り巻く安全保障環境には違いがある。英国は、日本のように中国や北朝鮮のような大きな伝統的脅威に直面しているわけではない。米国には及ばないものの、英国は戦略核をもっているし小型ながら複数の空母もある。兵器体系のパワー・プロジェクション(戦力投射)能力にも開きがある。しかし、そうした要素はあるとしても、それが両国のギャップを決定づけているわけではなさそうだ。

 欧州での勤務経験がある海上自衛隊の元防衛駐在官に尋ねてみた。

 「欧州に脅威がないというのはウソ。英国が、フランスやドイツの軍事動向を意識して自国の戦力構成を組み立てているのは自明のことだ。近年はドイツの膨張に対する警戒心が高まっている。伝統的な脅威は日本より小さいとしても、新たな国際テロの脅威は日本に比べはるかに大きい」

 ならば何が決定的な要素なのか。この元駐在官はずばりと指摘する。

 「戦略の組み立て方が違う」

 むろん英国がどんな戦略をもっているかは秘匿されていて知りようがない。しかし英国海軍のプレゼンスをみると、彼らが自国権益と密接にかかわる地域や世界のチョークポイントをにらんで部隊配置していることがわかる。元駐在官によると、彼らの任務・目的は(1)自国権益の防衛(2)対米支援(3)NATO協力の3つにわけられるという。それぞれ、必要な戦力と効果が計算され、艦艇が配備されている。

 そうした視点で英海軍の世界展開を整理し直してみた。すると(1)では、空母と強襲揚陸艦が駆逐艦や補給艦などと艦隊を作って、年間6カ月間、東南アジアからインド洋、中東、地中海、アフリカ西海岸へとパトロールして回っている。(2)では、アラビア海やペルシャ湾に駆逐艦など1、2隻を派遣し米海軍の指揮下に入れ、カリブ海でも1隻が米国の沿岸警備隊と協力して麻薬の取り締まりにあたっている。(3)では駆逐艦など1隻を地中海のNATOの海軍即応部隊に派遣していることがわかる。

 どんな目的にもとづいているのか。英国の手の内が、ごくわずかだが明らかになったことがある。2006年10月、英紙デイリー・テレグラフが、ブレア政権が策定していた外交政策に関する「最高機密メモ」の概要をすっぱ抜いた。それによると、英政府は、今後10年に世界の紛争地域がこう変化してほしいというウイッシュ・リスト(wish list)を作っていた。 ・・・ログインして読む
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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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