脇阪紀行
2010年12月14日
欧州連合(EU)の外交活動をになうEU対外活動庁(外務省)が12月1日に発足し、年明け1月からの本格稼働する。新組織の発足は、近年、中国やインドなど新興国の台頭の影で存在感の弱い「欧州」の失地回復をかけた野心的な取り組みだ。多くの課題があるが、順調にいけば、多極化する世界の中で欧州の発言権が再び強まろう。
「じり貧」と時折、陰口がささやかれるEU外交だが、その「底力」を見せつける出来事が、中国人民主化活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞授賞をめぐって見られた。バルカン半島の一角にあるセルビアが中国の圧力を受けて、授賞式への欠席を決めたが、EUの懸念表明を受けて、一転、出席に転じたのだ。
「決定にはとても失望した。EUへの加盟をのぞむ国はEUと共通の価値を共有してもらいたいし、人権保護はEUの基本的価値だ。セルビアには方針を見直してもらいたい」。EUの政策執行機関である欧州委員会の報道官のこの発言は聞きようによっては、内政干渉すれすれの内容だ。にもかかわらずセルビアが出席に転じたのは、授賞式への欠席がEU加盟交渉への障害になることを恐れたからだ。
■初代の駐日代表はオーストリア元大使
さて、EU外務省の発足は、一年前に発効したリスボン条約で定められていた。
90年代から徐々に進められてきた各国の外交・安全保障政策の共通化は、旧ユーゴ紛争を機に進展し、紛争地域の治安確保に出かける「EU警察」や「EU部隊」を整えたほか、中東やインドネシア・アチェなどでの紛争調停でも活発に動いた。最近では、核開発疑惑をもたれたイランとの交渉にもEUは加わっている。
リスボン条約は、EUの対外的な「顔」として、理事会の常任議長(大統領)と、EU外交の実務責任を担う外交代表のポストを新たに設けたほか、EUの外交担当部門を一本化することを決めた。今年、常任議長にはベルギーの元首相ファンロンパイ氏、外交代表には英国出身の女性キャサリン・アシュトン氏がそれぞれ選ばれた。
外交代表の正式名称は、「EU共通外交・安保政策上級代表」だ。外交主権の委譲という印象を持たれたくない加盟国の意向でこういう名前になったが、アシュトン氏が欧州外交のために行動している姿を見ると「EU外相」と呼んでも、あまり違和感はない。同じく、EU対外活動庁も、ここでは「EU外務省」と呼ぶことにしよう。
発足したEU外務省に属するスタッフは、現在、約1500人。これまでは、加盟国の声を吸い上げるEU理事会事務局や欧州委員会など、異なる部署で働いていた。EUは新規採用や加盟国からの出向によって、ゆくゆくは現在の4倍近い5400人から6千人規模にする計画。新年には第1弾として、100人規模の新たなポストが創設される予定だ。5、6千人のEU外交官のうちの3分の1は、加盟国からの出向になると見られている。
この影響がどんなものなのか、日本を例に引いて考えてみよう。
通商や農業、環境など国際社会の交渉で、EUが交渉の窓口となる分野はすでにあった。しかし各国政府の発言権はまだ多く、EU機関の足並みがいつもそろうわけではなかった。しかし今後はEUへの外交の一元化がいやおうなく進む。
例えば日本を担当する部署はこれまで、欧州委員会と理事会に分かれていたが、今後はEU外務省アジア局に一本化される。東京にある駐日EU代表部はこれまで、欧州委員会の出先組織にすぎなかったが、これからは、EU全体を代表する組織に格上げされる。初代の駐日EU大使に任命されたハンス・ディートマール・シュバイスグート氏は99年から4年間、駐日元オーストリア大使を勤め、夫人が日本人という人物だ。年明けに来日する。
EUがとくに日本関連で関心を持つのは、医療機器や自動車安全といった規制改革や地球温暖化交渉だ。EUとの経済連携協定(EPA)の交渉入りや、「ポスト京都議定書」交渉で主導権を発揮したい菅直人政権にとっては、EUとの交渉がカギになる。
■主要国が幹部ポストの争奪戦
EU外務省の発足によってEU外交はどう変わるのか。
先月ブリュッセルを訪問した際、現地の外交関係者が注目しているのが、幹部の人事だ。
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