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新防衛大綱と戦車(1)戦車削減は当然だ

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 12月18日に新防衛大綱が閣議決定された。筆者の予測通り、陸自の戦車の定数が現大綱の600輛から400輛へと大幅に減らされた。陸自は現在、約780輛の戦車を保有しており、これを現大綱終了予定時の5年後までに600輛までに減らすとしていた。が、定数見直しによって、今後10年で780輛を400輛に減らすことが求められる。

 実は、大綱終了時までに定数を減らす、というのは陸幕の勝手な理屈である。筆者は削減を前倒しし、早期に大綱の求める定数にするべきだと考える。そうすれば速やかに、戦車にかけていた費用を他の分野の予算に投じて近代化を進める、という大綱の趣旨を具現化できる。陸自が、閣議決定された次期大綱に定められた戦車の定数削減を可能な限り遅らせるというのであれば、それは文民統制に対する挑戦である。

 政府は、自衛隊の部隊数や各装備の定数を大綱の水準に速やかに移行させるべく、自衛隊に要求すべきだ。このような視点での言及が大綱に明記されていないのは残念である。

 ネットなどでは戦車の大幅削減に反対する声が少なくない。だがこれは現実を直視しない空論に過ぎない。我が国の国防議論の問題は、主として政治に興味のある人間は軍事、特に具体的な装備に関する知識が欠如しているか、あるいは無視しており、高邁かつ形而上学的な空論を弄ぶ傾向がある。一方「軍事に強い」と自称している側は、実は単なる「兵器オタク」で、予算の制限、装備体系の概念を理解してない場合が多々見られる。

 国防にはカネがかかる。しかし、予算は無限にあるわけはない。人類の歴史上、軍隊がすべての要求を満たすような予算を組むことができた例はほとんどない。国防の本来の目的を果たすためには、限られた予算をやりくりして、その中で優先順位をつけなければならない。予算を無視した議論は、単なる机上の空論、妄想に過ぎない。

 ましてや我が国の財政赤字はクリティカル(致命的・危機的)な状況である。防衛費を大幅に増やせる状態ではない。この状態で極端な軍拡に走れば、ソ連同様、国が崩壊する結末を招く可能性すらある。

 また、兵器の高度化に伴い既存兵器の維持・整備費が高騰しており、その金額は装備調達の額を2005年に追い抜いている。また防衛費に占める人件費も多く、簡単に削ることはできない。

拡大財務省作成のグラフ。

 例えば、多額の維持・整備費をかけているにもかかわらず、海自のP―3Cオライオンは予算が足りず、既存の機体から部品を取り出して整備を行う、いわゆる「共食い整備」をしている。当然、充分な稼働率を確保できていない。陸自の攻撃ヘリAH-1Sは、充足率が高いとされている北部方面隊(北海道)ですら7割程度の稼働率に過ぎない。

 陸自の偵察用バイクや無線機などの正面装備以外の装備は、整備・修理費が足りないだけではない。充足率を何割も欠いている状態で、耐用年数が過ぎた装備の更新も滞っている。まともに稼働する装備が定数の2~3割に過ぎないものさえあるほどだ。

 当の戦車にしても、同様に整備費や整備員が足りず、稼働率は低い。定員4人の74式では2人しか乗員が確保できないケースも見られる。

拡大74式。

 戦車は、イメージとは異なり繊細な兵器である。長距離を移動するときは大型のトレーラーに乗せて移動させる。自走させると故障が続出するし、戦闘に投入するまえには念入りな整備も必要となる。が、この運搬用トレーラーがもともと少ない上に稼働率も低い。戦車の多くは北海道に所在するが、その戦車を戦略機動させることが実質的に不可能に近い。つまり、有事に多くの戦車が遊兵化してしまう恐れが高い。 ・・・ログインして読む
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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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