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新防衛大綱と戦車(4)優先順位と費用対効果を考えよ

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 陸自の戦車保有数の現状維持あるいは、より多くの戦車が必要だとする「戦車重視派」は、いわゆる「本土決戦」が非常に高い確率で起こりうると主張する。しかし、そうした事態は、前回までの原稿(「新防衛大綱と戦車」1~3)で、中国の人民解放軍もロシア軍も揚陸能力が低く、その可能性ほとんどあり得ないと説明してきた。だが彼らは「中露軍の揚陸能力が低くても、港を占領されれば民間の輸送船を使って戦車はいくらでも揚陸できる。だから自衛隊には大量の戦車が必要だ」と主張する。

 しかしながら、実際問題として、そのような状況はこれまたほとんど起こりえない。

拡大いかに新型の10式戦車でも、戦車だけでは戦争に勝てない。

 敵が港湾を占領しようとするならば、我が国は港湾付近に機雷を敷設したり、貨物船などを自沈させたりして港湾の使用を妨害するだろうし、港湾施設を奪われる前に破壊するだろう。

 それを防ぐためには、港湾付近の少なくとも数十キロのエリアを上陸部隊か空挺部隊、特殊部隊などで迅速に制圧しなければならない。その後、輸送船を入港させるためには港湾付近を掃海し、自沈した船を引き上げないといけない。

 これらの作戦を行うためには、当然ながら制空権、制海権の奪取が必要不可欠である。そのためには日米の空海戦力に組織的な戦闘ができない程の徹底した打撃を与える必要がある。しかし、中露にそのような空軍力、海軍力は存在しない。今の数倍の戦力があっても無理だ。

 百歩譲って、仮にそのような「戦車重視派」に都合のいい「本土決戦」になっても、戦車はさほど役に立たないだろう。

 第2次大戦ではノルマンディーに上陸した連合軍に対して、制空権を失ったドイツ機甲部隊は夜間移動に移動し、連合軍部隊を苦しめたたが、現代では機甲部隊が移動すれば、赤外線やレーダーによって容易に探知される。

 前回までに述べたように、陸自の機甲戦力は近代化が遅れており、歩兵も含めてISR能力と夜間戦闘能力が低いから、なおさらである。

拡大旧式化した牽引式榴弾砲FH-70では充分な火力支援ができないし、生存性も低い。

 陸自では、戦車を支援する砲兵部隊も旧式化しており、特に主力である牽引式の155ミリ榴弾砲、FH-70は標準榴弾を使用した場合の射程は24キロ、ロケット補助推進弾を使用しても30キロに過ぎない。ところが昨今は、ベースブリード弾を用いた射程40キロの性能が常識となっている。陸自のFH-70の多くは駆動系が耐用年数を超えているが、予算がなく1門あたり3千万円のオーバーホール代が出せないので、稼働率がかなり下がっている。もちろんネットワーク化もされていないし、精密誘導弾も導入されていない。とても充分な火力支援を行える状態ではない。

 これでは、「本土決戦」になって、虎の子の戦車を中心とした機甲部隊がのこのこ出て行っても、空爆や砲兵による精密誘導兵器の攻撃で一方的に殲滅・虐殺されるだけだ。

 それならば、まだ装輪式の自走砲や自走迫撃砲などを、小隊単位や1門単位でゲリラ的に用いるほうが有効だ。港に近づく敵の船団や揚陸された敵軍をゲリラ的に精密誘導兵器で攻撃すれば、戦車の投入よりも反撃として有効だろう。だが、そのような装備は陸自にほとんどないと言っていい。

拡大暗視装置と、安定化装置を備えたRWSがあれば装甲車の戦闘力は飛躍的に向上するが、自衛隊ではまったく導入されていない。

 また都市部に立て籠もって、携行型の対戦車兵器を使って位置を変えつつ攻撃を行い、相手に継続的な「出血」(被害)を強いる方法もある。となれば、このシナリオでも、戦車よりも歩兵や特殊部隊の数を増やすべき、という結論になる。

 このように、日本が置かれた状況や実際の戦場と兵器の運用を考えれば、戦車重視派が夢想するような、「本土決戦において高性能な国産戦車が次々に敵戦車を撃破、歩兵陣地を蹂躙、たちまち形勢を逆転する」という状況は起こりえない。 

 防衛省の予算には限りがある。とすれば、脅威の高い、あるいはよりあり得るシナリオに沿った部隊編成、装備の調達を行うべきだ。陸自の優先順位が1から10まであるとすれば、戦車の整備優先順位はせいぜい7~8番目でしかない。その重要度に沿って戦車を抑制的に整備する必要がある。

 戦車の保有は、長期的にみれば敵の本土侵攻に対する抑止力として有効だし、島嶼防衛やゲリラ・コマンドウ対策のようなシナリオでも一部には有用だろう。だが、だからといって大綱改定前の陸自が計画していたように、新型戦車を600輛も調達する必要はない。既存戦車を近代化すればよい。

 新型の戦車を調達せずとも、既存の戦車の近代化で抑止力は維持できる。新大綱では戦車の定数を400輛としたが、筆者はせいぜい300輌もあれば十分であると考えている。74式を退役させて、90式だけにすれば教育、訓練、整備、兵站のコストを大きく減らすことができる。10式戦車開発で得た成果を90式の近代化に使用すれば、10式開発の費用も無駄にならない。

 むろん、現在から推測できる延長上に常に未来があるとは限らないし、今後、予想しなかったような事態が起こる場合もある。そうした事態に対応するためには、一定数の機甲戦力の維持も必要だろう。だが、

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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