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 去る1月19日にアメリカのバラック・オバマ大統領と中国の胡錦濤国家主席が首脳会談を行い、共同声明を発表した。昨年アメリカが台湾に武器を供与したことをきっかけに冷え込んだ両国関係の改善をアピールし、通商面での協調を確認したが、注目された人民元問題ではすれ違い、北朝鮮問題では大きな進展をみせられず、人権をめぐって意見が対立した、というのが大方の見方であろう。

 共同声明には、ジョセフ・バイデン副大統領の年内の訪中と、それにつづく習近平国家副主席のアメリカ訪問、米中戦略経済対話の5月開催、新たな人権対話の設置、人民解放軍高官の今年前半のアメリカ訪問等が盛り込まれた。米中は今後も対話と交流を重ねつつ、個別案件を話し合うことになる。特に習近平氏の訪米が共同声明に盛り込まれたことは、アメリカが中国における権力の継承を公式に承認したという意味がある。

 ところで、共同声明に書かれたことよりも、書かれていないことの方が重要であることが往々にしてある。2009年11月のオバマ大統領訪中の際に出された米中共同声明には、相互の主権と領土保全に関して、「両国が互いの核心的利益を尊重し合うことが米中関係の着実な進展のために極めて重要であることに合意した」という一文がある。中国側は今回の声明にもこの一文を挿入することにこだわったと伝えられているが、盛り込まれなかった。代わりに、両首脳は09年11月の共同声明の内容を再確認した、という一文が挿入されている。これはあくまで推測であるが、「相互の核心的利益の尊重」という文言の挿入を求める中国側の要求にアメリカ側が難色を示し、前回の共同声明の再確認という文言に落ち着いたのではないだろうか。そうだとすれば、今後の米中間には対立の根が残ったことになる。

 中国は昨年来、南シナ海を台湾、チベットと並んで主権と領土保全に関する「核心的利益」と位置づけ、南シナ海の権益を保護するための軍事力の誇示を躊躇しなくなった。たとえば、ベトナムやインドネシアが中国の不法操業船を取り締まると、武装した漁業監視船や軍艦を出して威嚇し、実際に銃撃も行った。この強硬姿勢の背景には、米中共同声明で「核心的利益の相互尊重」が打ち出されたことがあると考えられている。これに対し、ヒラリー・クリントン国務長官が昨年7月のASEAN地域フォーラムで南シナ海における航行の自由の重要性を強調するなど、米国は中国の強硬姿勢を強く牽制してきた。このため、米国は今回の共同声明に「核心的利益の相互尊重」を含むことに難色を示したと考えられる。

 米国の強硬姿勢をうけて、中国は南シナ海を「核心的利益」と公言することを控えるようになった。胡主席は訪米中に「核心的利益の尊重」を強く求めたが、南シナ海については言及しなかった。しかし、南シナ海を「核心的利益」とみなす方針を撤回したわけではないだろう。中国にとって南シナ海は、漁業資源、エネルギー資源の確保という観点だけでなく、核戦略上も海軍戦略上も極めて重要な海域である。南シナ海には中国の戦略ミサイル原潜の拠点があり、インド洋に抜ける重要なシーレーンも通っている。このため、中国は「U字」型に南シナ海の8割に及ぶ管轄権を主張し、その「聖域化」を図っている。

 一方、米国にとっても南シナ海は「核心的利益」だといえる。米国のアジアにおける影響力は、太平洋からインド洋にかけて自由に戦力を投入する能力に裏付けられているが、南シナ海は西太平洋と北インド洋を結ぶ重要な海域であり、米海軍の戦略的機動性の確保という意味で極めて重要である。1930年代、米国は日本が中国で戦線を拡大していくことに強く反対し、国民党政府を支援したが、決して中国を解放するための戦争も望まなかった。しかし、日本が南部仏印に進駐し、南シナ海を支配するにいたると対日石油禁輸に踏み切り、日本との戦争を覚悟した。つまり、

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筆者

小谷哲男

小谷哲男(こたに・てつお) 小谷哲男(NPO法人岡崎研究所特別研究員)

法政大学非常勤講師。1973年、兵庫生まれ大阪育ち。専門は日米同盟と海洋安全保障。日本国際問題研究所研究員及び平和・安全保障研究所研究委員を兼務。同志社大学法学研究科博士課程満期退学。米国ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。平成15年度防衛庁長官賞受賞。平和・安全保障研究所・安全保障研究奨学プログラム13期生。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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