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平成維新の志士を生みだす――科学者維新塾の試み

鈴木崇弘

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 日本では、閉塞状況になると、すぐ明治維新やその前後に活躍した維新の志士たちのことが取り上げられる。明治維新の先例があり、そのような危機的状況が生まれ、それに対応した社会変革が必要になると、日本はいざという時は先人たちのような人物が輩出されて危機に対応できるから大丈夫だ、というような議論がなされることがある。昨年も、NHKの大河ドラマで、先人たちの一人であり維新の志士である坂本龍馬を描いた「龍馬伝」が放映され、好評を博し、龍馬ブームが起きた。

 だが、私は、現在の日本の閉塞状況を打破するのに、明治維新が果たしていいモデルであるのか疑問に思うことがある。

 江戸時代には300藩が存在し、その各藩は(徳川幕府の政策によってであるが)言語も文化も産業構造も異なる別の国として存在し、その各藩の人々は、お互い「外国人」のような関係だったといえる。少なくも今日的に極端ないい方をすれば、各藩は、日本国という「EU」に属する各国のようなものであったといえるのではないか。つまり、江戸時代の日本には、多様性やさまざまな価値観が存在したのだ。ところが、江戸末期から明治初期には、そうした「国」の国境が低くなり、人々や情報が移動し、異なる「国」の人材(特に下級武士)やアイデア、つまり多様性がぶつかり合い、競争し、イノベーションが起きたのだと思う。そうしたイノベーションが、明治維新そして日本の近代化を成功させたのだ。

 ところがどうだろう。そのような多様性は現在の日本に存在するのだろうか。現在の日本はどの地域を見ても、ある意味で単一化が進んできているのではないか。ということは、明治維新の成功モデルをそのまま、今の日本に適応し、活かすことは難しいのではないだろうか。よほどの工夫や仕組みづくりが必要だと思う。

 ただし、もちろん明治維新のモデルからヒントを得ることは可能だ。それは、次の二つだ。

 まず、先述したように「多様性がぶつかることでイノベーション、変革が生まれる」ということがヒントになる。そして、もう一つは、江戸時代の下級武士のようにある程度「知的だが、その才能を活かせていない階層こそが既成の社会の体制や仕組みを変える」ということだ。

 この二つの観点から、今の日本での変革、平成の「維新」 を起こすことの可能性を考えてみたい。

 私も仕事を様々に代わり、また多くの方々に接してきた経験からすると、既存の組織や既存の体制から大きな変革は起こりえないし、そこでそれなりの成功を収めている人材(彼らは既存の仕組みから多くのメリットを受けており、それを変えることでさらなるメリット得ることはまずない)だけでは日本の変革は非常に難しい、という確信がある。つまり、現在の政治、行政、企業そのものの中から、日本の社会やその方向性を大きく革新、維新していく大きな可能性が生まれることは、ほとんどないということだ。

 しかし、先述したような単色化した日本社会でも、実は多様性を生める可能性はある。

 日本は、企業や組織に終身的に雇用され、地位を上昇させていく仕組みが続いている。最近それも崩れてきているが、終身雇用へのこだわりと神話はまだまだ根強い。江戸時代とは異なるが、縦割りの単線的な「国」が日本に複数存在しているといえる。

 ということは、いい意味で転職を経験してきた人材が、その個人にとっても、またその個人を受け入れる組織にとっても好影響を与える可能性がある。そして、そうした人材がつどう異業種交流の場が、縦割りの「国」を横につなぎ、日本に新たなるイノベーションを生む可能性がある。こうした人材の交流を活発にすれば、日本は、単線的な構造から複線的な構造に変わる可能性があるのだ。転職者は、まだまだこれから増えていくし、すでに様々な試みもあるが、まだ日本社会を揺り動かすほどの革新的なイノベーションを生んでいるとはいえない。これらの可能性をさらに促進する仕組みづくりをしていく必要がある。

 また、現時点で、知的だがクリエイティビィティー(創造性)が活かされていない層といえば、最近の就職難に象徴される若い世代があげられる。特に、大学院で勉強・研究し、博士号を取得したのに、いわゆるポスドク問題の影響を受けて、学位取得後も正規雇用の機会が得られずに非正規雇用での研究職やポジションを何度も変わっている人材が多数存在する。

 博士号取得者のうち、正規の大学や企業などの研究職につけるのは、卒業生の6分の1に過ぎないという。また、芸術系の学校を卒業した創造性をもっている可能性の高い人材も毎年3万人ぐらいいるそうだが、そうした才能や身に付けた知見を活かせる職につけるのは、1割に過ぎないという。さらに、日本ではまだ十分にその知見や才能が活かされていない女性や様々な境遇の外国人なども、日本を大きく変革していく人材としての潜在力を秘めている。

 本稿の後半では、このうち特に知的でレベルが高くていまだ活かされていない人材である大学院修了生、特に博士号を取得しても正規の仕事に就くことのできない人材に焦点を絞って考えてみたい。 ・・・ログインして読む
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筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学客員教授(政治学)

城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授。1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。

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