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新START条約は「核なき世界」に向けた三段跳びの助走に過ぎない

小谷哲男

小谷哲男 小谷哲男(NPO法人岡崎研究所特別研究員)

 2月5日、米ロの新しい戦略兵器削減条約(以下、新START条約)が発効した。昨年の中間選挙で民主党が敗北したため、アメリカ上院での批准が危ぶまれていたが、年末に批准され、ロシア議会もこれに続いた。これにより、今後7年で両国の戦略核弾頭配備数の上限は1550に、運搬手段(戦略重爆撃機・大陸間弾道ミサイル・潜水艦発射弾道ミサイル)配備数の上限は700になる。1991年の第1次START条約(START1)と比較すると、弾頭数は73%減り、運搬手段は半分以下になる。2009年末にSTART1が失効して以来途絶えている相互の核施設に対する査察も、60日以内に再開される。

 しかし、アメリカのバラク・オバマ大統領が唱える「核なき世界」への道は果てしなく遠い。米ロの核貯蔵庫には、射程の長い戦略核と射程の短い戦術核を合わせれば依然2万発はあると見積もられる。新START条約はあくまで戦略核戦力の「配備数」を規定するものであり、米ロは核戦力を削減せずとも、配備から外すだけで条約の規定を達成することが可能である。その他、たとえばアメリカの戦略重爆撃機は1機当たり最大10発の核弾頭を搭載可能だが、新START条約では重爆撃機に搭載される核弾頭は実際の搭載数にかかわらず1発とみなすという数字のマジックがある。

 だが、重要なのは、「核が何発残っているか」ではなく、「誰が核を持っているか」である。

 たとえば、「核なき世界」に向かう途中で、この世界に核兵器が100発存在する瞬間があるだろう。その100発が米ロによって半数ずつ保有されている場合と、100カ国が1発ずつ保有している場合では、国際システムの安定度が違ってくる。ましてや、テロリスト集団のような非国家主体が核兵器を保有していれば、国際システムは危機に瀕するだろう。

 あるいは、最後の核兵器を誰が保有するのだろうか。アメリカなのか、ロシアなのか、中国なのか、それともテロリスト集団なのか。唯一の被爆国である日本こそが最後の核兵器を保有すべき、という声もあるかもしれない。

 確かなのは、核廃絶を目指すには、責任ある少数の国家によって核兵器が管理され、「核が使われない世界」が維持されることが不可欠であるということである。そのためには、米ロが保有する2500発の戦術核の削減、核開発に必要なすべての核実験を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効、核兵器に使用可能な核分裂物質の生産を禁止する兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約:FMCT)の発効が必要である。

 新START条約は核廃絶に向けた「三段跳び」の「助走」に過ぎない。米ロの戦術核の削減が「ホップ」、CTBTの発効が「ステップ」、FMCTが「ジャンプ」となろう。

 新START条約の批准をめぐって、アメリカ上院の保守派はロシアが保有する2000発の戦術核の削減を強く求めた。オバマ政権はロシアとの戦術核削減交渉の1年以内の開始を示唆しているが、ロシアは自らの非戦略兵力の劣勢を戦術核で補っており、削減交渉に応じるかどうか予断を許さない。一方、これがうまくいけば戦略核のさらなる削減にもつながり、他の核保有国への圧力になるだろう。

 アメリカ上院は1999年に一度CTBTの批准を見送っている。だが、新START条約には、民主党が昨年の中間選挙で敗北した後の「死に体」会期中であるにもかかわらず、共和党上院議員39名のうち13名が賛成した。共和党は1月に始まった今会期の上院で6議席増やしているが、CTBT批准の可能性は1999年より高まっている。アメリカが同条約を批准すれば、未加盟の中国やインド、パキスタン等への圧力になるだろう。CTBTには、他の核保有国に対するアメリカの核戦力の質的優位を固定化して「核の傘」の信頼性を維持し、アメリカの同盟国・友好国が独自の核保有を行う誘因を減少させる効果もある。

 FMCTは各国の核兵器製造能力を凍結する効果があるが、インドの核戦力に対する劣勢を懸念するパキスタンの強い反対でジュネーブ軍縮会議における交渉が進んでおらず、行き詰まり状態にある。

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