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「国民の声」に安直に頼る外交の愚昧

櫻田淳

櫻田淳 東洋学園大学教授

 時事通信の記事(2月16日配信)によれば、上月豊久(外務省欧州局参事官)は、2月1日午前、自民党本部で開かれた会合の席で、日露関係の現状に関して、「おそらく過去何十年を振り返ったとき、相当最低水準に近い」と語った。この発言は、日露関係の険悪の現状を認めたものと説明されている。

 昨年11月、ドミトリー・メドベージェフ(ロシア大統領)が北方領土・国後島を強行訪問して以降、日露関係の緊張関係が高まっていたところであるけれども、2月上旬、この訪問を「許し難い暴挙」と批判した菅直人(内閣総理大臣)の発言は、ロシア政府や世論の反発を招き、日露関係の緊張を加速させることになった。前原誠司(外務大臣)は、訪露時の日露外相会談の席で、菅の発言が「(日本)国民の声」を代表した」と説明した。実際、菅は、後日の予算委員会質疑の席で、自らの発言について、「日本国民の多くは(訪問を)認められない、許せないという思いを持っている。私自身にもその思いがあったので率直に申し上げた」と述べた。菅は、自らの発言が「国民の声」を代弁したものと訴えたのである。

 ただし、「許し難い暴挙」発言における奇妙さは、何故、こうした強い調子の表現が対露政策の文脈で出てきたかということである。この「許し難い暴挙」に近似した「許し難い蛮行」という言葉は、韓国・延坪島を砲撃した北朝鮮の対応を批判した際にも、用いられている。また、「国民の声を代表した」という理屈でいうならば、この言葉で想起されるような衝撃を国民に与えた事例は、昨年9月に尖閣諸島沖で海上保安庁巡視艇に突入した中国漁船の挙動の方が相応しいといえるかもしれない。尖閣諸島沖事件の際には、過剰ともいえるほどの対中配慮が示されたにもかかわらず、メドヴェージェフの国後島訪問に際しては、北朝鮮の軍事行動の際と似たような強い調子の批判が表明されている。対露関係を対中関係の下に置くという方針に裏付けられているのでなければ、これは、誠にバランスを欠いた対応であろう。

 政治家の仕事は、第一級のバーテンダーの仕事に似通っている。バーテンダーの仕事は、何らかのスピリッツ(ジン、ラム、ウオッカ、ウィスキー、ブランデー…)を客の求めに応じて、客の嗜好の相応しいカクテルの形で提供することである。たとえば、「テキーラ・サンライズ」は、アルコール度数40度前後のテキーラをベースにしてオレンジ・ジュースとシロップを合わせたものであるけれども、第一級のバーテンダーは、客の嗜好や体調にすらも合わせてテキーラややジュースの配分を微妙に変えることがある。そうした気の配り方が、第一級のバーテンダーの証しなのである。

 政治家もまた、国民の要請に沿って、様々な政策を選び組み合わせながら国民に示しながら、その実現を図っている。官僚や学者が提示する「政策」というものは、カクテルのベースになるスピリッツの類である。それは、生のままでは、国民の要請には沿わないことがあるし、そもそも国民からは受け容れられないことがある。政治家の仕事は、官僚や学者の議論をそのまま実行に移すのではなく、他の諸々の政策との整合や調和を図った上で、国民各層に受け容れやすい形で示すことである。

 対外関係でいえば、「国民感情」も、最もアルコール度数の高いスピリッツの類である。

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筆者

櫻田淳

櫻田淳(さくらだ・じゅん) 東洋学園大学教授

1965年宮城県生まれ。北海道大法学部卒、東京大大学院法学政治学研究科修士課程修了。衆議院議員政策担当秘書などを経て現職。専門は国際政治学、安全保障。1996年第1回読売論壇新人賞・最優秀賞受賞。2001年第1回正論新風賞受賞。著書に『国家への意志』(中公叢書)、『「常識」としての保守主義』(新潮新書)など。

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