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 2月20日、戦後始まってから100回目という看護師の国家試験が行われた。5万人強の受験生の中には、インドネシアやフィリピンとの経済連携協定(EPA)によって滞在中の看護師候補たちの姿があった。インドネシアからの第一陣が来日してから3年。昨年の受験者254人のうちの合格者はわずか3人だった。今回は400人近くが受けたと見られているが、3月25日に行われる発表での合格者数は、せいぜい30人前後だといわれている。これでは、EPAは外国人看護師の「締め出し協定」だと批判されても仕方あるまい。もはや国家試験等の小手先の改善ではなく、制度そのものの根本的な見直しが迫られている。

 協定では3年以内に国家試験に合格しなければ、帰国しなければならない。今年、大量の帰国者が出れば、インドネシアからの失望と落胆の声が起きかねない。外国的な悪影響を懸念する政府部内ではいま、第一陣のインドネシア人約90人に絞って、もし試験に落ちても、滞在を1年延ばすとの方針が検討されている。

 緊急の対応としては評価できるが、これでEPA協定が持つ問題が消えたわけではない。むしろ、足元の状況を見れば、両国からの来日者数はじり貧で、EPA協定は存続できるかどうかの瀬戸際にあるといっても過言ではあるまい。以下では看護師について論じるが、基本構造は介護福祉士についても同じだ。

 まず、EPA協定看護師導入への経緯を見ておこう。日本での外国人労働者、あるいは移民をめぐる論議の中で、看護師導入に関する政策は独特の経過をたどった。国内の深刻な看護師不足を背景に、1990年代からベトナム人や中国人の看護師の姿があった。彼女たちは来日して日本の看護学校で学び、日本の国家試験に合格後、国内の病院で働いていたのだ。学費等を支援する病院もあったが、本人の滞在資格に制限があった上、病院側の負担も多かった。

 状況を変えたのは、EPA協定である。相手国は関税の引き下げの見返りに、看護師や介護福祉士などの活動を認めるよう日本に要求。08年7月にインドネシア、同12月にフィリピンとの協定が発効した。看護師についていえば、インドネシアからは08年104人、09年173人、10年39人、フィリピンからは09年93人、10年46人が来日し、看護師候補として、病院や診療所で働いている。

 この3年間の協定が、プラスの成果をもたらしたとは到底言い難い。

 先に合格者数の少なさをあげたが、上の数字が示しているように来日者数が昨年から急減している。日本は看護師、介護福祉士合わせてそれぞれ500人という入国の上限を設けている。国内の労働市場に影響しないための予防策だったが、実数ははるかに及ばない。この3年間の入国者は約680人だけ。一方の国内の看護師不足は約5万人とされている。たとえ全員が看護師になれたとしても、国内の看護師不足解消には焼け石に水の効果しかない。外国人看護師によって日本人看護師の待遇や給料が下がり、雇用市場が圧迫されるといった議論は、ほとんど意味を持たない。

 来日者減少の背景としてまず指摘されねばならないのは、日本語の高い壁だ。

 両国で応募し、日本側の受け入れ病院が決まった人々は、半年間の日本語研修を受けた後、全国の病院に散らばり、看護助手として働き始める。しかし、来日前に十分日本語を勉強していないので、満足な日常会話もできない。しかも来日後に日本語の勉強に集中できるのは、仕事の合間の時間だけだ。そうして問題の国家試験だ。試験文には、床ずれを意味する「褥瘡(じょくそう)」、仰向けを意味する「仰臥位(ぎょうがい)」といった難解な漢字が含まれ、問題文も複雑だ。どんなに看護能力が優秀であっても、日本語能力が不十分なままで、この試験に通れというのはそもそも無理な話だろう。

 第2に、この結果として起きているのが、受け入れ病院の減少だ。

 両国から来た人々の日常生活の世話や仕事の指導を実際にまかされているのは、現場の看護師の先輩や同僚たちだ。夜勤が多く、ただでさえ労働実態に厳しさが増す現場に、それほどの余裕はない。その上に日本語学習や国家試験対策も現場に「丸投げ」されても、対応できるものではない。京都大学の安里和晃准教授は、「インドネシアなどから来た人々も、現場の看護師も、疲れきっているのが実態だ」という。

 3人のフィリピン人を受け入れている千葉県のある病院長は「現場での負担が重すぎて、2年連続で受け入れるのは無理」という。

 第3に、来日した看護師候補たちの苦労ぶりが母国に伝わったことによる影響だ。

 彼らは全員、母国の看護師資格を持ち、2~3年の実務経験を持っている。しかし日本では看護助手としてしか働けず、患者の身の回りの世話や、日本人看護師を手伝うことが中心だ。日本では患者の身の回りの世話も看護の一部と考えられているが、インドネシアやフィリピンで高学歴層にあたる彼ら彼女らは、医師と患者の治療を役割分担するという考えが強いという。数は少ないが、このことに失望して帰国したインドネシア人が出ている。

 政府が改善の手を打っていないわけではない。

 よく知られているのが、国家試験の見直しだ。日本語の病名に英語を併記し、主語と述語がわかりやすい日本語に改めた。難しい漢字にはルビを振ったが、「褥瘡」といった専門用語には「看護の現場では不可欠」という理由でルビを振らなかった。これで果たして試験の改善と言えるのだろか。

 少し中身のある改善と思われるのが、入国前の日本語研修だ。外務省は予算を組み替えて、今年5~6月に来日する候補者について3カ月の日本語研修を行うことを決めた。来年は半年間にする予定だ。そうなれば研修期間は入国前、入国後で計一年に延びる。

 政府がこれで十分と思っていないことは、滞在期間の1年延長方針を見てもわかる。インドネシアからの第一陣に絞ろうとしているのは、日本語習得環境がほとんどなかったという理由からだが、これで十分とは思えない。静岡県などは、滞在期間を3年から10年に延長すべきとの要請を政府にしている。少なくともいま滞在する全員への対象拡大と期間延長は必要だろう。

 ただ、そもそも、このEPA協定によるインドネシアやフィリピンからの人材が、日本で看護師として働いてもらう時にどれだけ適当か、より日本に向いている看護人材のいる国はないのか、といった根本的な検討があってしかるべきではないだろうか。中国などの漢字圏の人材に比べると、東南アジアの人々にとって日本語のハードルははるかに高い。中国や台湾、韓国の富裕層による医療ツーリズムを進めるならば、中国語や韓国語を話せる看護師も必要になろう。

 英国は97年に発足したブレア政権下で、看護師不足を解消するためにインドやフィリピンと二国間協定を結んで、多くの看護師確保に乗り出した。2002年からの3年間には、年間3万人の新規登録者の半分近くが非EU圏だった。これほど一気の大量受け入れは現実的ではないが、欧米先進国ではこうした看護師獲得競争が起きているのが現実だ。

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筆者

脇阪紀行

脇阪紀行(わきさか・のりゆき) 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

1954年生まれ。79年に朝日新聞社に入社、松山支局などを経て大阪本社経済部に。90年からバンコクのアジア総局に駐在。米国ワシントンでの研修を経て97年からアジア担当論説委員。2001年からブリュッセル支局長。06年から論説委員(東南アジア、欧州など担当)。2013年8月末に退社、9月から、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム特任教授。著書に『大欧州の時代――ブリュッセルからの報告」(岩波新書)、『欧州のエネルギーシフト』(岩波新書)。

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