川村陶子
2011年03月14日
まったくの偶然から、震災の日を出張先のミュンヘンで迎えることになった。テレビから流れてくる映像に言葉を失った。命を奪われた方々の恐怖、大切な人を失った方々の悲しみは、どれほど深かっただろうか。「そのとき」以来、日本の方々が今この瞬間も感じているだろう地震の恐怖、生活の混乱、二次災害の不安を、同じ日本人として実感し共有できないことが、深い罪悪感となって心に広がっている。
地震から3日経ったいま、日本の外にいる自分にできる作業として、ドイツのメディアの反応や身の回りで感じたことから、震災後の日本を展望してみたい。現時点でいえるのは、言い古されたことばではあるが、「危機はピンチであると同時にチャンスでもある」ということだ。
ドイツの人びとは、おそらくヨーロッパの多くの人たちもそうであるように、日本の人びとがこの大惨事をどう乗り切るのか、注視している。南ドイツ新聞の論説では、先進産業国である日本の大震災は、「バンダアチェやスリランカ、タイとは異なり」、「ドイツにとって恐ろしいほど身近な出来事」であると述べていた。ドイツでは地震が起こる確率は非常に低いが、原発の危険性についての論争は長年続いているし、テロの恐怖も日々高まっている。発電所の被害をどう食い止めるのか。情報不足の中、孤立した人たちをどう確認し、救助するのか。打撃を受けた都市インフラをどう復旧させるのか。予想外の惨事はいつでも、どこでも起こりうる。「そのとき」を迎えた日本の人びとが、ショックと悲しみを乗り越え、力を合わせて目前の問題に取り組んでいる姿から、ドイツの人びとは自分たちへの教訓を学びとろうとしている。
日本における地震への全般的な対応は、ドイツでは高く評価されている。テレビや新聞では、第一報にすぐ続いて、日本人が日ごろから地震に備えていることが繰り返し報道されている。小学校の防災訓練や特別学習の記録映像、会社にヘルメットや非常用食料が常備されているというエピソードは、こちらの人びとにとっては驚嘆の的だ。世界最先端とされる地震予知や警報のシステムについても、敬意をもって伝えられている。だからこそなおのこと、今回の大震災は、日本人が可能な限りの準備をしていても食い止められなかった、「人間の能力と予測を超えた惨事」とみなされている。そして、そのような惨事に見舞われ、先の見えない不安にさいなまれる中、家族と連絡を取るために公衆電話に列を作る人たち、体育館に避難して時を過ごす人たちの「冷静さ」は、ピンチに直面したときに発揮される日本人の強みと受け止められている。
大きな混乱と悲しみの中におかれている方々にとって、このような表現を用いるのは失礼かもしれない。しかし、少なくとも今のドイツから見る限り、東日本大地震は、日本という国に対する外からの期待にこたえ、日本の国際的な評価を高める、千載一遇の機会である。菅首相は国民に向けてのメッセージの中で、今回の大災害を戦後65年でもっとも厳しい危機と形容したが、危機はピンチであると同時にチャンスでもあるのだ。
これからの日本に求められるのは、震災後の社会を復興するにあたっての大きな基本理念、私たちが立ち上げる新しいコミュニティの見取り図であろう。たとえば原発ひとつをとっても、原子力発電に今後も依存していくのかという問題はもちろん、危険を含む発電所に頼らなくてはならないほど電力を消費する生活を続けていくのかということについても、改めて考える機会ではないだろうか。
ドイツでは平日には夜8時、日曜日には一日中ほとんどの店が閉まり、中心市街地でも通りは暗く静まり返る。年中無休と24時間営業が当たり前の日本から来ると、最初は不便に思える。しかし、ショッピングができない間、人びとは家族や友人と語り合ったり、ゆっくり食事をしたり、散歩に出かけたり、スポーツや読書などの文化活動をしたりして生活を楽しんでいる。買い物ができない時間が、他者とのつながりを回復し、自己の内面を豊かにすることに充てられているのだ。こうしたことを日本でそのまま実行するのは難しいかもしれないが、ヨーロッパの人びとの、広い意味でのエネルギーの使い方は、今後の日本社会のあり方を考える際に大いに参考になる。
繰り返して言おう。東日本大地震は、日本に対する外からの期待にこたえ、日本の国際的評価を高めるチャンスである。この危機をチャンスととらえ、これまでの日本の長所を生かしつつ、既成観念にとらわれない新しい発想に基づいて、一人ひとりがより人間らしく生きられる社会をつくりあげることができるかどうか。私たちの想像力と実行力が問われている。
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