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巨大地震が示したもの――巨大技術と集権型システムの危うさ【無料】

脇阪紀行

脇阪紀行 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

 こんな時に心の平静を保つことがいかに難しいことか。ついに東京電力福島第1原発の「緊急事態」は、半径20キロ圏内の住民の避難から20~30キロの住民の屋内退避へと発展した。首都圏では「計画停電」による混乱が続いている。日経平均株価は1万円台を割り、大幅に続落した。大津波が多くの家や街を襲い、命を奪っていく光景に心が押しつぶされそうになる。ただ、この巨大地震が我々に突きつけている試練は、単なる自然災害による被害と救援だけではないとを感じる。目の前に迫る危機を回避するために、現場で苦闘する専門家や関係者の労苦が実ることを祈るほかない。ここではあえて、この巨大地震で起きた危機で感じたことを記しておきたい。

 「文明が進めば進むほど、天然の暴威による災害がその激烈の度を増す」。今から880年近く前、こう指摘したのは物理学者で随筆家の寺田寅彦である。関東大震災や台風、高潮の被災地を見て回った寺田は、例えば、古い神社仏閣が残っている一方で、新様式の工場や学校が無残にも倒壊しているのを見て、「やはり文明の力を買いかぶって自然の力を侮りすぎた結果からそういうことになったのではないかと想像する」と記した(「天災と国防」)。

 福島原発で起きている危機を見るにつけ、この言葉の重みをかみしめざるをえない。21世紀の最先端科学技術の粋をつくした原子力発電所の機能が次々と麻痺し、国民の多くに懸念と不安を与えている。この事態の重みは「想定していた事態を越える天災が起きた」という説明ですまされるものではない。緊急炉心冷却システム(ECCS)をはじめとする「安全の壁」は次々に突き崩され、「安全神話」は葬り去られた。巨大地震は、巨大技術を支える過信とおごりを浮き彫りにした。この推移が、「原発ルネサンス」時代に入りつつある世界各国の今後の戦略に与える影響はとてつもなく大きい。

 第2に、災害情報の伝播の早さも今回の巨大地震では如実に示された。グローバル化した世界で日本の被災を伝える映像や証言はメディアを通じて、瞬時に国境を越え、世界に報じられた。ところが福島原発の「炉心溶融」のニュースはいま、同情どころか、むしろ日本政府、電力業界のリスク管理への信頼を揺るがしつつある。CNN、BBCなど外国メディアの記者が不安といらだちの表情で危機のニュースを報じているのを見るにつけ、日本のイメージ、信頼度が、まさに大波に揺さぶられている。

 第3に、関東地方で始まった「計画停電」の問題点も東京電力の決定や広報の手際の悪さにとどまらず、社会システムのもろさを映し出していると思える。在宅患者や病院などのケア施設や公共交通機関に優先的、効率的に電気を送れない。自家発電のできる工場やコミュニティ、家庭単位での発電施設は少なく、それぞれが地域の電力会社に頼らざるをえない。しかも東北や関東が電力不足に陥っても関西や北陸など他の地方から電気を融通できない。これでは電力の世界では日本という国の中に事実上、二つの国があるのと同じではないか。国境を越えた電力流通の自由化が進んだ欧州では考えられないことだ。東西日本の周波数の壁ということが日本では電力の地域独占を守る呪文の一つとしてずっと語られているが、社会全体として、こうした技術の壁を越えられないものか。

 筆者の住んでいる千葉県の浦安・幕張地域も、今回の震災によって埋立地一帯で液状化現象が起こり、ディズニーランドだけではなく、工場や住宅も被害を受けた。筆者の自宅も被害を受け、水やガスもまだ来ていない。東北の被災者の苦労を思えば、まったく比較にならない小さな被害だが、被災後、声をかけ、励まし合う近所づきあいの大切さとともに、文明の限界、さらに人知を越えた自然の力を感じている。

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筆者

脇阪紀行

脇阪紀行(わきさか・のりゆき) 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

1954年生まれ。79年に朝日新聞社に入社、松山支局などを経て大阪本社経済部に。90年からバンコクのアジア総局に駐在。米国ワシントンでの研修を経て97年からアジア担当論説委員。2001年からブリュッセル支局長。06年から論説委員(東南アジア、欧州など担当)。2013年8月末に退社、9月から、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム特任教授。著書に『大欧州の時代――ブリュッセルからの報告」(岩波新書)、『欧州のエネルギーシフト』(岩波新書)。

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