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東日本大震災、史上最大の自衛隊作戦【無料】

谷田邦一

谷田邦一 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

 迷彩塗装された自衛隊の大型ヘリコプター4機が、原子炉めがけて高度を下げる。7・5トンの海水が入ったバケツを機体につり下げ、繰り返し水を投下した。炉からは、その都度、水蒸気のような白煙があがる――。3月17日、NHKが朝から生中継した映像に、全国の人々が固唾をのみ祈るような気持ちで見入ったことだろう。

 ヘリを使った山火事などの空中消火は自衛隊の得意技の一つだが、今回はかなり事情が違う。19人の隊員たちは10キロを超す重い防護服や防毒マスクに身を包み、線量計で被曝量を測りながら、文字通り決死の覚悟で任務にあたった。

 福島第1原発で放水冷却活動にあたる自衛隊の中心は、2007年に主に対テロ作戦を念頭に新編された「中央即応集団(CRF)」と呼ばれる組織だ。埼玉の朝霞駐屯地に司令部をおき、第1空挺団や第1ヘリ団、中央即応連隊など機動性や専門性が高いいくつかの部隊を傘下におさめている。その1つで、NBC(核・生物・化学)戦への対応能力がある「中央特殊武器防護隊」(埼玉・さいたま市)を中核とする約200人の隊員が今、原子力災害に正面から向き合っている。

 1995年に東京都であった地下鉄サリン事件で、防護衣をつけた隊員が最初に駅ホームの汚染現場に降り立った姿をご記憶の方々もいるだろう。NBC被害から身体を防護する器材をもち、あくまでも防御のために、その検知や除染にあたるのが本来の役割。かつては化学防護隊と呼ばれた、きわめて地味な部隊だった。時代は変わり、原子力災害では、原発がテロで破壊された際、国民保護法にもとづき周辺住民を避難誘導したり除染活動したりすることまでが想定されることになった。しかし、「まさか主役として原発相手に奮闘することになるとは」と、陸上自衛隊の幹部たちは驚きを口にする。

 災害派遣は、国の防衛とともに自衛隊の主要任務の一つにあたる。自衛隊は特殊な装備や能力を備えているため、危急の事態を迎えるたびに期待が寄せられる。しかし、自衛隊は災害の専門家集団ではない。これまでも危険を顧みず、献身的に尽くす隊員個々の強い責任感や高い士気に支えられてきた側面が強い。長崎・普賢岳の火砕流の現場では、人命救助のために装甲車を投入し、茨城県・東海村の臨界事故では中性子遮蔽板のついた車両を開発した。また新潟・中越地震では暗視装置を使い、ヘリコプターによる初の夜間の人員輸送を敢行した。すべては「火事場の馬鹿力」(陸幕長経験者)が生んだ初挑戦だった。

 今回の戦後最悪の危急にあっても、自衛隊の側に躊躇はない。北沢俊美防衛相は16日の防衛省内での対策会議で「首相は『最後の砦は自衛隊』という気持ちを強くもっている」と制服トップたちを鼓舞し、記者会見でも「最後に国民の命を守らなければならないのは自衛隊の任務」と使命感を強調した。

 そうした期待に応え、大震災に臨む防衛省・自衛隊は、外敵からの侵攻を受けた時と同じ「有事」体制を敷きつつある。部隊の派遣規模は、発生から丸1週間にあたる18日、陸海空あわせて10万人を越えた。菅直人首相が地震発生2日後に指示してから、わずか5日で達成した計算になる。この中には留守部隊で後方支援にあたる要員は含まれていない。事務官を含めた自衛隊の総員は約24万人だから、日本周辺の警戒監視活動にあたる要員を除き、組織のほとんどが動員されているといっても過言ではない。まさに史上最大の実動作戦となっている。

 政府は、首都圏直下型地震や東海地震のための2つの防災業務計画で、最大11万人の自衛隊派遣を想定している。どの部隊を、どの地域に投入し、何をするかがあらかじめ具体的に決まっていて、訓練も重ねてきた。ところが三陸沖の地震には、こうした具体的な計画がなかった。菅首相の命を受けた防衛省・自衛隊は、急きょ、不眠不休で編成や配置などの作戦計画の策定を強いられた。

 「阪神大震災の失敗を2度と繰り返したくない」。古手の防衛省幹部は、16年前の阪神大震災で「出遅れたのではないか」と厳しく批判された経験を思い出す。実は、地方自治体との意思疎通の希薄さや自衛隊に課せられた法的制約が、初動態勢をはばむ大きな要因となったのだが、このトラウマが、その後のすべての災害派遣の原点になっている。政府は法改正や部隊運用の改善を重ね、災害派遣の現場で数々の実績につなげてきた。

 その結果、今回の派遣規模は発生初日が約2万人、2日目は約5万人と驚くような急ピッチで増員された。阪神大震災の増員ペースは、初日が約3300人、2日目は約9300人、5日目でも約18600人と鈍かった。この1ケタ違う投入の仕方に違いが現れている。とはいえ、今回の被災地は南北500キロという広域にわたる。「投入規模で必要十分なのかどうか、まだ判断がつかない」と同省の最高幹部の1人は漏らす。そればかりではない。やがて、この最大規模の体制をいつまで維持できるかが問題になってくる。救援する側にも休息が必要だからだ。

 部隊の最前線と後方の留守番部隊を入れ替える、連隊ごとに受け持ちをローテーションさせる……。防衛省内では、いろんなアイデアが検討されているが、誰も体験したことのない「有事」だけに、その長期化対策に自信がない。しかも今回の大震災では、自衛隊があまりにも膨大な業務を引き受けてしまっている。

 捜索救助や医療支援、物資輸送など初期の災害派遣に加え、これからは復旧・復興に向けた生活支援、倒壊家屋の処理や道路啓開などが加わる。とりわけ全国知事会の要請で、滞っている交通網を動かすために引き受けた救援物資の一元的な輸送支援の負担は大きい。全国の駐屯地・基地で支援物資を受け取り、自衛隊の車両や航空機を使って被災地に届けるという輸送動脈を支えているのだが、この業務を維持しつつ、今後の新たな支援需要にどこまで人員を割くことができるのか、運用担当は頭を悩ませているという。

 かつて経験したことのない非常事態を前に、自衛隊はどこまでその実力を発揮できるのか。創設以来、最大の難関に直面し、試されようとしている。


筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) 朝日新聞専門記者(防衛問題担当)

1959年生まれ。1990年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て2013年4月から社会部専門記者(防衛問題担当)。主要国の防衛政策から最新兵器、軍用技術まで軍事全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識が、現実の紛争地でどのくらい役立つのか検証取材するのが夢。

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