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「オペレーション・トモダチ」活用への提言

小谷哲男

小谷哲男 小谷哲男(NPO法人岡崎研究所特別研究員)

 まず、3月11日の東北地方太平洋沖地震によって被災されたすべての方々にお見舞いを申し上げたい。

 アメリカ人は、1963年11月22日にジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された時に、自分がどこで何をしていたか覚えているという。2001年9月11日の同時多発テロもアメリカ人の記憶に深く刻み込まれている。アメリカの著名な歴史家ジョン・ルイス・ギャディスは、その理由としてJFK暗殺と9・11が単に衝撃的であっただけでなく、アメリカ人の日常生活に大きな不安をもたらしたことを指摘している。

 同様に、日本人は2011年3月11日の14時46分にどこで何をしていたかを忘れないだろう。地震発生時に、筆者はテキサス州にいた。現地は深夜であったが、CNNで未曾有の大津波が東北地方の沿岸部を飲み込む様子を目の当たりにした。アメリカでの報道が日本と違っていたのは、日本周辺の米軍の態勢、特に空母の存在について言及されていたことである。横須賀を拠点とする原子力空母「ジョージ・ワシントン」は飛行甲板を塗り直すなどメンテナンスの最中であったが、その穴を埋めるために「ロナルド・レーガン」が西太平洋に展開していた。大津波の報を受けて、アメリカ第七艦隊は「レーガン」と随伴艦を即座に三陸沖に向かわせ、日本からの支援要請と大統領からの支援命令に備えた。その後、米軍は日本支援のために「オペレーション・トモダチ」を開始した。

 アメリカは、2004年12月のインド洋大津波で被災した地域を救援するために空母「エイブラハム・リンカーン」と強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」を拠点として大規模な多国籍救援活動を行った経験がある。当時、インド洋で補給支援活動を終えた海上自衛隊の護衛艦もこの救援活動に参加している。アメリカ海軍大学の報告書(http://www.usnwc.edu/Publications/Naval-War-College-Press/Newport-Papers/Documents/28-pdf.aspx)によれば、空母及び揚陸艦を海上拠点とした艦載ヘリによる支援活動と通信網の構築がこの水害救援活動の成功につながった。

 その後、アメリカ軍は2005年8月のハリケーン・カトリーナをはじめ、フィリピン、パキスタン、ミャンマー等で大規模な水害時の救援活動を主導してきた。近年、自衛隊も米軍との人道支援・災害救援に関する共同演習に力を入れてきた。この経験が、「オペレーション・トモダチ」にも活かされている。

 「オペレーション・トモダチ」の中心は、第七艦隊と海上自衛隊による捜索救難と救援物資の輸送における協力である。第七艦隊は空母を筆頭に20隻の艦船、140機の航空機、1万2750人の将兵を動員し、孤立した被災地の特定や被災者の救援を行うとともに、20日までに126トンの救援物資を被災地に艦載ヘリで輸送した。海上自衛隊は59隻の艦船、100機の航空機、1万6千人の将兵を動員しており、同様の活動を行っている。また、揚陸艦「トートゥガ」は北海道苫小牧から青森県大湊に陸上自衛隊の装備や人員を輸送し、その後も八戸沖で救援物資の輸送を行っている。

 普天間問題で揺れたアメリカ海兵隊も、「オペレーション・トモダチ」に参加している。普天間飛行場に配備されていた第3海兵遠征軍(III MEF)所属の8機のヘリと8機の輸送機は、それぞれ神奈川県厚木飛行場と山口県岩国飛行場に移動し、19日までに救援物資の輸送をのべ223回行っている。第3海兵遠征旅団(III MEB)司令部は東京都横田基地に移動し、自衛隊の統合任務部隊を指揮する東北方面総監部や宮城県庁と調整を行っている。強襲揚陸艦「エセックス」他3隻に分乗している第31海兵遠征部隊(31MEU)は、災害発生時にマレーシアに寄港していたが、急遽秋田沖に向かい、20日には最も被害の大きかった宮城沖に移動し、人道支援活動を始めている。

 アメリカ空軍は津波の被害にあった仙台空港の瓦礫を除去し、C-130輸送機だけでなく、より大型のC-17輸送機の離発着を可能とした。また、山形空港や宮城県松島基地、青森県三沢基地に救援物資を届けている。アメリカ陸軍も、物資を日本側に提供すると共に、日米の共同作戦を行う上で貴重な通訳要員を提供している。

 アメリカ軍はまた、福島第一原子力発電所の放射能漏れに対応するため、専門家を日本に派遣し、衛星及び偵察機によって上空から監視するとともに、日本政府に高圧放水車や防護服の提供を行っている。アメリカ太平洋軍司令官のウィラード大将は、放射能の監視から除染までを行う部隊を投入する用意があることも明言している。半世紀以上もの間、核戦争に備え、核兵器と原子炉を管理してきたアメリカ軍の知見は大いに活かされるべきである。

 わが国がこの危機を乗り越えるためには、何よりもまず被災者の生活支援と原発の安全回復に取り組まなくてはならない。わが国が主体的にそれらに取り組むことは言うまでもないが、一方でアメリカ軍による協力は不可欠である。各国の救援隊が続々と帰国する中で、在日アメリカ軍は総力を挙げて、文字通り「トモダチ」として日本の支援を継続している。

 アメリカ軍はあくまで日本政府の要請に応じて支援を行うため、日本政府は今後以下の2点を要請してはどうか。

 1つは、31MEUの有効活用である。同部隊はアメリカ軍の中でも最も即応能力と自己完結力に優れているが、これまでのところ有効に活用されていない。31MEUには最も被害が大きく救援物資が届いていない地域への輸送を担ってもらうとともに、負傷者や感染症患者を揚陸艦または空母内の医療施設で治療してもらうことができるだろう。

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筆者

小谷哲男

小谷哲男(こたに・てつお) 小谷哲男(NPO法人岡崎研究所特別研究員)

法政大学非常勤講師。1973年、兵庫生まれ大阪育ち。専門は日米同盟と海洋安全保障。日本国際問題研究所研究員及び平和・安全保障研究所研究委員を兼務。同志社大学法学研究科博士課程満期退学。米国ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。平成15年度防衛庁長官賞受賞。平和・安全保障研究所・安全保障研究奨学プログラム13期生。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。

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