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なぜ合成燃料を積極導入しないのか

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 チュニジアに端を発した反政府運動はエジプト、バーレーン、リビア、イランなど中東各国に波及している。中東地域の政治的不安定さが原因となって原油価格が高騰している。

 我が国ではエネルギーの多くを石油に頼っている。しかも、その85%を政情が不安定な中東からの輸入に頼ってきた。1975年に出た元通産官僚の堺屋太一氏の小説「油断」がオイルショックもあってヒットしたが、以来、原油の中東依存解消が叫ばれてきた。だが現実には遅々として進んでいない。

 筆者は、中東への原油依存脱却の切り札は「FT燃料」だと考えている。FT燃料は主として石炭や天然ガスからFT(フィシャー&トロピッシュ)法で生成された液体燃料である。これは、天然ガスから生成する場合はGTL(ガス・トウ・リキッド)燃料とも呼ばれ、石炭を原料にする場合はCTL(コール・トウ・リッキッド)燃料などとも呼ばれる。混乱を避けるために本稿ではFT燃料という呼称で統一する。

 これらの方法では、サトウキビやトウモロコシを蒸留して生産されるバイオエタノールなども原料として使用が可能であり、多様なリソースから生産が可能だ。このような合成燃料は自動車、艦船、航空機などに使用できるだけではなく、燃料電池の燃料としても使用が可能だ。

 FT燃料は、石油由来の燃料と異なり、不純物が極めて少なく大気汚染が少ない。また最も大きな利点は、現在の石油由来の燃料を使用しているエンジンにそのまま使用して何の問題もないことにある。つまりバイオエタノールや水素、あるいは電気などの石油代替燃料と違って、ガソリンスタンドなどインフラを入れ替えるために大きな投資が必要ない。つまり実用化へのハードルが極めて低い。

 ところが我が国では、さほどこれが注目されていない。主として天然ガスや石炭を主として原料とするために、一見するとバイオエタノールや太陽発電に比べて「エコでない」というイメージがあるからだろう。

 そのFT燃料の可能性を数回にわたって検証する。

 07年から米国防総省と米空軍は、石炭由来のFT燃料を実用化するための実験をB-52爆撃機を使用して行った。従来から使用しているケロシン(石油の分留成分)の一種JP-8と、FT合成燃料を半々にブレンドして使用している。技術的には100%のFT燃料に切り替えても問題はない。その後、C-17輸送機など大型機や戦闘機でも適合試験、運用試験が行われており、2012年から本格的に代用燃料が使用される予定になっている。海軍、海兵隊、陸軍もこれに追従するだろう。

 GTLあるいはFT燃料の用途は航空機だけではない。米軍はJP-8を航空燃料だけではなく陸軍の車輛にも使用している。つまり航空燃料をそのまま車輛用として使用することも可能なのだ。また、よりディーゼルエンジンに適合した軽油に成分の近いFT軽油も容易に製造が可能である。

 米軍がこうした試験に取り組む背景には石油燃料の高騰がある。イラク戦争をきっかけに、1バレル当たり30ドル程度だった原油価格は高騰を続け、08年には一時、バレル150ドルに達した。その後、サブプライム・ローン問題に端を発した世界恐慌で大きく値を下げたが、今回の中東の民主化で再び高騰が続いている。今後もブラジルや中国、インド、インドネシアなど人口が大きい途上国の生活水準が向上するのにともない、世界的にエネルギー需要が高まることが予想される。更にはこの度のアラブの民主化による中東の不安定化も原油価格高騰の原因となろう。

 米国防総省がFT燃料を導入した第一の動機も、燃料費の高騰にある。米連邦政府の燃料関連支出のうち9割を国防総省が占めている。特に空軍の燃料消費は突出しており、2006年度は66億ドルで05年から実に32%も高騰している。現在、米軍はイラク及びアフガンでの作戦行動を行っており、このため燃料の消費も増えている。

 一般に航空機のパイロットの技量は飛行時間に比例する。燃料費削減のために訓練を減らせばパイロットの技量の低下、即ち戦力の低下を意味する。

 我が国の経産省の専門家によると、現段階でもFT合成燃料は石油が1バレル80ドル程度であれば充分、石油由来燃料に競合できるという。つまり今のままの原油価格が続くのであればFT燃料の導入により大幅な燃料費の削減が可能ということになる。技術革新が進めば、さらに精製価格は低減されるだろう。

 ちなみにFT燃料の有力ソースである天然ガスは、従来は利用されてこなかったシェールガス開発が進んだことによって大きく値を下げている。シェールガスとは頁岩(シェール)層から採取される天然ガスで採掘が容易であり、米国では採掘キットがDIYショップなどでも売られている。世界最大の天然ガス輸入国である我が国もこの価格低減の恩恵を受けているが、なぜか一般のメディアには紹介されない。

 米国防総省がFT燃料に力を入れる第二の動機は、安全保障上の問題である。米国も原油の供給の多くを政情が不安定な中東に依存している。つまり石油以外の原料を燃料とすることで不安定な中東以外から燃料の調達を増やして、その安定供給を図ろうという意図がある。

 石炭や天然ガスは石油に比べて、世界中に遙かに偏りなく存在している。むろん米国内にも多くのガス田、炭田が存在する。米国の大規模ガス田は枯渇しつつあるが、中小の天然ガス田が無数に存在する。ただし、天然ガスを輸出する場合、大規模な低温液化設備が必要であり、大規模ガス田でないとペイしない。

 だがFT燃料ならその必要がない。このため、輸出に向かない中小のガス田をFT燃料の製造に利用し、有効活用する意義は大きい。また、先に述べたようにバイオエタノールなど多彩なリソースがFT燃料の原材料として使用可能だ。仮にFT燃料の価格が石油由来製品よりも高くなっても、安全保障上の大きなメリットがある。

 我が国の議論では、石油代替エネルギーに関しては再生可能な「エコ」あるいは「クリーン」なエネルギーかどうかだけが問題視され、安全保障という観点が欠如している。

 エネルギーの安全保障は銭金だけの問題ではない。有事に際して安定した供給を続けられることが価格よりも重要なのだ。

 第三に、FT燃料は環境面での負荷が少ないことが挙げられる。FT燃料は通常のケロシンに比べて排気ガス中の硫黄酸化物(SO)や黒いスス状の粒子状物質(PM)などの有害物がおおむね30~40%も少ない。また二酸化炭素の排出も3%ほど少ない。

 国防総省は民間航空会社にもFT合成燃料の使用を呼びかけている。軍が先んじてFT合燃料を使用し、その安全性が確かめられれば、エアラインがFT合成燃料を導入するハードルは一気に低くなる。エアラインが採用に踏み切れば、量産化が進み生産コストが低下するので軍にとってのメリットも大きい。09年6月、パリで米仏英加4カ国の空軍関係者によるFT合成燃料の実用に関する会議が持たれた。米国以外のNATO諸国がFT合成燃料の採用に踏み切れば、各国のエアラインに対する普及にも一層拍車がかかるだろう。

 後述するが、米軍はディーゼルエンジンやガス・タービン・エンジンを使用する車輛や艦艇にもJP-8を使用しており、航空機用のFT燃料はおおむねそのまま車輛、艦艇にも使用できる。

 第四に、FT燃料は既存の給油設備などをそのまま利用できる。このため設備投資に莫大な費用を必要としない。これは水素やバイオエタノールとの大きな違いである。

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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