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合成燃料(2)軍用車両でも威力を発揮するFT燃料

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 前回(3月23日付「なぜ合成燃料を積極導入しないのか」)では、石油燃料に対してFT法などで合成された燃料の利点を述べた。

 FT法の歴史は古い。1920年代にドイツのカイザー・ヴルヘルム研究所でフランツ・フィッシャーとハンス・トロピッシュが共同で発明した。この方法は当初、石炭から液体燃料を生み出すためCTL(コール・トウ・リキッド)と呼ばれたため、天然ガスが原料の場合はGTL(ガス・トウ・リキッド)と呼ばれる。だが、石炭が原料の場合でも製造工程で合成ガスを経由していることもあり、今日では一般にGTL法と呼ばれる場合も多い。また、この種の合成燃料はバイオマス(サトウキビやトウモロコシなど)などを原料に生成することが出来る。FT法の他に、ガソリンに似た組成を合成するのに適しているベルギウス法も存在する。これらGTL(主としてガソリンを生成できるベルギウス法)を活用したのがナチス・ドイツであった。

 第2次大戦中はドイツ各地に合成燃料の工場が建設され、44年にはドイツ軍の使用する燃料の57%、航空燃料に限れば92%が合成燃料であった(当時の航空機のレシプロ式エンジンはガソリンを使用していた)。我が国でも戦前にドイツから技術導入をして合成燃料の研究と生産を目論んだが、技術的な問題が解決できず、製造は予定の1割程度に終わっている。

 実は、既に長年にわたってFT燃料を使用している国がある。南アフリカである。同国はアパルトヘイト(人種隔離政策)時代に国連から禁輸措置を受け、石油の輸入が困難であった。このため1950年、FT燃料の生産のために国営企業サソールを設立、石炭や天然ガスを原料にFT合成燃料を生産してきた。FT燃料は現在、同国のディーゼル燃料の67%を賄っている。既に市場化を実現している国があるわけで、FT燃料は実用化が「実験済み」の技術といえる。これは導入に際して極めて大きなアドバンテージだ。

拡大米空軍は2012年から輸送機や戦闘機の燃料を既存のJP-8とFT燃料を混合させる。写真はC-17輸送機。=前回記事参照

 FT法によって生成されたFT軽油燃料は、クリーンである。FT燃料の排気ガス中の微粒子は軽油に比べて3割、窒素炭化物は8%、炭化水素は20%、一酸化炭素は43%少ない。ベンゼン、ベンゾピレンに至ってはゼロであり、軽油と比べて極めてクリーンであると言える。また、燃費も軽油より3%ほど良いので、その分、二酸化炭素の排出量も少ない。ちなみにFT灯油も通常の灯油と異なり硫黄分がゼロであり、すすの発生が少なく、これまたクリーンである。

 灯油は家庭用として流通が整備されているため、これを燃料電池の燃料とすることが検討され、我が国でも出光興産と東芝燃料電池システムが実用化を進めている。灯油は硫黄分が多いために脱硫が必要であるが、FT灯油ではその必要がない。このため暖房用あるいは家庭用燃料電池用としても有望である。つまりFT燃料は、自動車などの燃料だけではなく、暖房用の灯油、産業・家庭用のエネルギーとしても有用であるということだ。

 我が国ではディーゼルエンジン車といえば燃料は安いものの、「騒音がうるさい、振動が多い、排気ガスが汚い」というイメージが強いが、近年これが大幅に改善されている。そのため、欧州ではディーゼル乗用車の割合が5割程にまで高まっている。ディーゼル車はガソリン車に比べて二酸化炭素の排出量が2~3割ほど少ない。石油連盟などの試算によると、現在、新車の0.1%に過ぎないディーゼル乗用車の比率を10%まで増やせば、CO2の排出量が年間で計370万トンも減る。国交省によれば、我が国の交通機関別の二酸化炭層排出量のうち、87.3%が自動車によるものである。自家用乗用車はその三分の二を占める。これらの有害排気ガスおよび二酸化炭素を大幅に削減できればそのメリットは極めて大きい。

 FT軽油を導入し、欧州並みにディーゼル乗用車の比率を増やせば、二酸化炭素の排出量も有害廃棄物の発生も激減する。しかも完全にFT軽油に移行したならば、硫黄分などを除去するためのフィルターなどが簡略化できる。フィルターを簡略化し、触媒に必要なレアメタルの使用を減らすことが可能になれば、エンジンのコストも下がる。

 さらにその先に考えられるのが、ハイブリッド・ディーゼル車の導入である。既に欧米の軍隊、特に米軍では装甲車輛や大型トラックなどを中心にディーゼル・ハイブリッド車導入の機運が盛り上がっている。米軍事メーカー大手のL3社はドイツのハイブリッド駆動メーカーであるMM(マグネット・モーター)社を傘下に納め、ハンヴィー後継車種用のハイブリッドエンジンとして同社が開発したISG(Integrated Starter Generator)「G36」を提案している。同社は長年、南アフリカの国営兵器会社アームスコーと共同で大型トラックや8×8偵察車ロイカットのハイブリッド化の実験を行っている。

拡大米軍事メーカー、L3社が開発しているハイブリッド用エンジン。

 これら軍用に開発中のディーゼル・ハイブリッド駆動車は、通常のディーゼルに比べて30~40%以上、燃料消費量が少ないという。これは燃料代が安く済むだけではなく、兵站も軽量化できることを意味する。例えば単純計算で従来100輛必要だったタンクローリーが60~70輛で済む。近い将来、このような軍用車輛向けの技術が民間大型車輛用にスピンオフし、世界的にハイブリッド・ディーゼル車の普及を推進するだろう。

 ハイブリッド駆動とFT燃料の兵站上のメリットを、もう少し具体的に検討してみよう。まず、通常のディーゼル駆動よりも3割燃費が向上すると、単純計算でタンクローリーが3割削減できる。実際には燃費が向上した分だけ給油の回数が減るので、さらなる削減が可能であろう。特に米英軍など外征型の軍隊でメリットは大きい。外地で前線まで燃料を補給するためには途中に集積地をいくつも確保し、長い補給線を維持する必要があるからだ。燃料を補給するタンクローリー自体も燃料を消費するので、例えば100の燃料を持ち込んでも前線に届くのは、そのなかの何割かに過ぎない。ハイブリッドの導入でこれが大きく改善される。

 アフガニスタンの戦闘では米軍の損害の8割が輸送部隊から出ている。劣勢な側が兵站線を狙うのは古今兵法の常道である。つまりハイブリッド車の導入は、損害の低減という観点からも歓迎される。

 また、軍用車輛、特に装甲車輛の設計でも大きなメリットをもたらす。例えば、同じ車輛の同じ大きさの燃料タンクであれば、航続距離が3割伸びることになる。

 それだけではない。ハイブリッド駆動は動力伝達においてメカニカルな部品な部品が少なく、また燃料の搭載量が少ないので装甲車輛の小型化の面で有利である。しかも電池の性能も年々向上しているので、さらなる小型化も期待できる。整備が容易なうえに、地雷に対しても、より高い耐性が付加できる。

 特に、各車輪にモーターを装備する直列式の装輪車輛の場合、個々の車輪のトルクを変えることが出来、不整地に於ける踏破性が大きく向上する。ロッキード・マーチン社はドイツの泥濘地とヨルダン砂漠という環境で8×8のハイブリッド車と装軌車輛との踏破性を比較したが、より装軌式装甲車に近い能力を確認したという。つまり ・・・ログインして読む
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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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