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Tip of Spear(槍の穂先)――米海軍航空部隊創設100年

谷田邦一

谷田邦一 ジャーナリスト、シンクタンク研究員

 東日本大震災の被災地に対する米軍あげての支援活動が続いている。米国政府からは、1995年の阪神大震災でも米空母による支援の申し出があったが、地元が受け入れに後ろ向きだったため実現しなかった。今回の米軍の派遣規模は、空前の艦艇20隻、航空機140機、人員約1.3万人にのぼる。16年前との違いに隔世の感を覚えてしまう。

 最も熱心なのが米海軍だ。とりわけ航空部隊の活躍が華々しい。横須賀基地にいた空母ジョージ・ワシントンはちょうど定期修理中で出動できず、宮城沖には、代わって米韓合同演習に向かう途中だった空母ロナルド・レーガンが駆けつけた。その甲板を洋上のプラットホームにして、多数の艦載ヘリコプターや厚木基地に拠点をおく米海軍ヘリが、被災地の孤立住民の捜索救助や救援物資の空輸活動をあたっている。

  実は米海軍の航空部隊にとって、今年は特別な年にあたる。ちょうど100年前に、米海軍が航空機の運用を始めた記念すべき年なのだ。1911年に、米海軍の艦艇の木製の滑走路から複葉機が初めて飛んだり、西海岸のサンディエゴに航空部隊が新設されたりしたという。その節目を祝う様々なイベントが、今年2月から米本土で繰り広げられている(CoNA=Centennial of Naval Aviation:http://www.public.navy.mil/airfor/centennial/Pages/welcome.aspx)。海外基地では唯一、厚木基地で、今年、年間を通じて行事がいくつか行われる。その第1弾として、地震が起きる2日前の3月9日、第5航空団(ダニエル・ケイブ司令)は日本の約300人の航空ファンや地元関係者を集め、オープンセレモニーを行った。

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 当日は、基地のエア・ターミナルに航空団司令自身が乗り込む特別塗装のFA18戦闘攻撃機などが展示され、警戒管制機E2Cなどの空母艦載機が発着訓練を披露した。同航空団副司令のマイケル・ボイル大佐は、参加者を前に「日米同盟は今が一番大事な時。信頼関係を深めていきたい」と日本との友好関係の深化を強調した。

 この日のメインイベントは、基地内の将校クラブに場所を移して開かれた夜の記念パーティーだった。会場には在日米軍司令官やジョージ・ワシントン艦長の姿も。フライトスーツの肩や胸に、様々な所属先の部隊章をつけた飛行幹部ら200人前後が家族連れで集まり、厚木に同居する海上自衛隊の幹部たちも招かれた。アットホームな雰囲気の中で、海軍航空部隊の歴史紹介や上級幹部らのスピーチが披露された。

 最初にマイクを握ったのは厚木基地司令のエリック・ガードナー大佐。日本が基地を提供していることへの通り一遍の謝礼かと思っていたら、ちょっと趣が違った。大佐は旧日本軍との関係について触れ、「この100年、日米の海軍航空部隊は分かちがたく結びついてきた」と切り出した。

 「黎明期からの30年、両者はほとんど同じような歩みで部隊の発展にかかわってきた。4年間の敵対的な時期を耐え忍び、その後、今や60年になる同盟関係が始まった。そして日米は最も親密な互いの絆を2国間で享受している」

 そういえば、厚木基地は敗戦後、マッカーサー極東軍司令官が最初に降り立った日本の基地でもあった。日米の軍事的なつながりは、一定の歴史的な流れの中でとらえて初めて理解できることを再確認させられた。

拡大米海軍航空総司令官のアレン・マイヤーズ中将。

 最後のスピーチは、サプライズのビッグゲストだった。海軍航空総司令官のアレン・マイヤーズ中将がサンディエゴから駆けつけ登壇した。マイヤーズ氏はパイロットの出身。ジョージ・ワシントンの1つ前の空母キティホークの艦長でもあった。そのあいさつは感慨で始まった。「10年前にキティホークの艦長だったので、厚木に戻ってきて古里に帰ってきた感じです」。

 続いて、

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筆者

谷田邦一

谷田邦一(たにだ・くにいち) ジャーナリスト、シンクタンク研究員

1959年生まれ。90年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て、2021年5月に退社。現在は未来工学研究所(東京)のシニア研究員(非常勤)。主要国の防衛政策から基地問題、軍用技術まで幅広く外交・防衛問題全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識を生かし、安全保障問題の新しいアプローチ方法を模索中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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