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[1]鉄道と日本近代を考える

聞き手=WEBRONZA編集部

原武史

――近年、JRでも私鉄でも運行情報が刻々と電光掲示板に表示されるようになりましたが、それと同時に、よく知らない路線の駅名を目にする機会が増えました。

 相互乗り入れをしていない路線、例えばつくばエクスプレスはダイヤが非常に正確です。ホームドアも設置しているので人身事故も起きない。何をもってサービス向上と考えるかは、実はそれほど自明ではありません。

――その対極にあるのがJR湘南新宿ラインかもしれません。

 湘南新宿ラインもよくダイヤが乱れていますね。しかも油断していると、熊谷に行こうとしていたのに気が付いたら小山にいることになりかねない。反対側も小田原や逗子まで走っていますし、埼玉県庁のある浦和は通過してしまいます。つくばエクスプレスのような非常にスピーディで正確な運行実績と、湘南新宿ラインのようにはるか遠くまで乗り換えなしで乗客を運ぶ路線と、どちらが便利かというと微妙です。

――原先生がお住まいの田園都市線もラッシュ時の遅れが激しいそうですね。東急電鉄のホームページを見ると、遅延証明書の発行欄が常に上位にある印象があります。

 混雑時は、ほぼ毎日10分以上遅れていると言ってもいいかもしれません。田園都市線の場合、相互乗り入れだけでなく混雑の問題も大きいでしょう。混雑率が高すぎてなかなか発車できない。次の列車、さらに次の列車と、ますます遅れてしまう。道路の渋滞と同じ原理です。

――田園都市線は沿線の開発が今でも続いていて人口が増えていますね。そうしたニュータウンなどの宅地開発が進んで、団地や戸建てが立ち並ぶプロセスは、さかのぼれば大正・昭和、あるいは戦後の比較的早い段階から進んでいました。西武線も中央線も、京王線や小田急線もかなり都心から遠い地域に住民が住んでいたわけで、遠距離通勤や混雑といった田園都市線の沿線住民が体験しているような現象は、過去にも他の路線でもあったと思うのですが。

 通勤ラッシュは1960年代前半がピークですが、あの頃は多くの私鉄でピーク時の混雑率が250%を超えていました。300%を超えている路線も珍しくありませんでした。200%で「体がふれあい相当圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める」。250%になると「電車が揺れるたびに身体が斜めになって身動きできず、体も動かせない」。300%は「物理的限界に近く身体に危険がある」。

――「殺人的」とか「痛勤」とも言われたそうですね。

拡大1967年の通勤ラッシュ。新宿駅では「尻押し」のアルバイト50人を動員していた
 300%になると、どう頑張っても途中駅からは乗れない。最近の首都圏の主要区間の混雑率が200%を超えることはまれですが、当時は250~300%が当たり前でした。沿線の人口増加も急なので、いくら列車を増発して輸送力を増強しても追い付かない。1973(昭和48)年に起きた上尾事件(国鉄の労働争議に乗客が怒った暴動事件)の背景にも、高崎線のこうした殺人的な通勤ラッシュがありました。ラッシュ時でさえ7分おきのダイヤで、ラッシュを過ぎると1時間に1本。しかも2ドアの急行型電車で定員の少ない車両が何本も普通列車に転用されていました。

今ならロングシートで5ドアや6ドアになっているでしょうね。

 2ドアと5ドアを比べると、同じ1両の定員が大違いです。1963(昭和38)年に関東私鉄で初めて西武が10両運転を始めました。同じ年に現在の田園都市線が名称変更で誕生しましたが、3年後に溝の口~長津田間が延長開業した当時は、鷺沼~長津田間は2両編成でした。

――2両ですか。

 鷺沼までは4両で、そこで切り離して長津田までは2両。私が青葉台に引っ越した1975年に4両になりました。でもラッシュ時でも、たった4両でした。

――現在の感覚で言うと、かなりローカルなにおいのする路線に思えます。

 その点、国鉄の方が進んでいました。概して私鉄よりも早く、首都圏を走る通勤電車、いわゆる「国電」に8~10両編成が導入されていきました。山手線、京浜東北線・根岸線、中央線、中央・総武線の各駅停車、常磐線といったあたりです。これに対して、高崎線は「中電」、つまり中距離電車のカテゴリーでした。東海道線、横須賀線、東北本線なども中電。駅で言えば、大宮や高尾、千葉、横浜、取手以遠にのびる路線です。

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筆者

原武史

原武史(はら・たけし) 

1962年、東京都生まれ。明治学院大学教授。専攻は日本政治思想史。著書に『大正天皇』(朝日選書、毎日出版文化賞)、『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』(講談社選書メチエ、サントリー学芸賞)、『滝山コミューン 一九七四』(講談社文庫、講談社ノンフィクション賞)、『昭和天皇』(岩波新書、司馬遼太郎賞)、『鉄道ひとつばなし』『同2』(講談社現代新書)、『「鉄学」概論――車窓から眺める日本近現代史』(新潮文庫)など。最新刊に『鉄道ひとつばなし3』(講談社現代新書)がある。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです