メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

【北欧エネルギー事情<2>】スウェーデン「脱原発」のその後

脇阪紀行

脇阪紀行 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

 原発全廃の期限が消えた

 スウェーデンの「脱原発」はどんな状況下で決まったのか。少しおさらいしておこう。

  この国には2011年の時点で、10基の原発が稼働している=表。欧州ではフランスの58基、英国の19基、ドイツの17基に次ぐ欧州第4の原発数だ。バーセベック原発の2基を含めると、商業用原発としてこれまでに計12基が建設されたことになる。 

拡大
 立地されたのは、いずれも南部地域、首都ストックホルムの北方フォーシュマルクに3基、南東部オスカシーシャムに3基、西部のリングハルスに残り4基がいま稼働している。リングハルスの2~4号機は加圧水型軽水炉(PWR)、残り7基はすべて沸騰水型炉(BWR)だ。

 そもそもスウェーデンの原子力技術は世界の一流水準にある。第2次世界大戦後、いわゆる西側世界に属する国の中で、米国からの技術導入に頼らず、自らの手で原子炉の実用化を成功させたのはスウェーデンだけだったほどだ。

 にもかからず国民の間には、1960年代から原発への不信感がくすぶり続けた。原発をめぐる市民の賛否の対立は70年代に政党を巻き込んだ政治問題に発展、79年の米国スリーマイル島での原発事故で燃え上がった大論争による政治混乱を収めるために、当時の政権は国民投票で決着をつける道を選んだ。

 1980年3月に行われた国民投票では、<第一>原発容認、<第二>条件付き容認、<第三>原発廃止の3つの選択肢から1つ選ぶという質問が投げかけられた。投票結果は、<第一>が19・8%、<第二>が39・1%、<第三>が38・7%、その他が3・3%というものだった。そもそも国民投票の質問の前提には、当時、計画中だったものを含め12基の原発をそこからさらに拡大するという選択肢はなかったことが注目される。

 また、選択肢の<第一>、<第ニ>の質問文には「(原発は)石油依存度を引き下げるために、そして再生可能エネルギーが利用可能になるまで利用する」という文章がそもそも入っていた。つまり原発は再生可能エネルギー普及までの過渡的な技術という考え方は、明らかにこの時点からうかがうことができるのである。 ・・・ログインして読む
(残り:約7828文字/本文:約8724文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

脇阪紀行

脇阪紀行(わきさか・のりゆき) 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

1954年生まれ。79年に朝日新聞社に入社、松山支局などを経て大阪本社経済部に。90年からバンコクのアジア総局に駐在。米国ワシントンでの研修を経て97年からアジア担当論説委員。2001年からブリュッセル支局長。06年から論説委員(東南アジア、欧州など担当)。2013年8月末に退社、9月から、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム特任教授。著書に『大欧州の時代――ブリュッセルからの報告」(岩波新書)、『欧州のエネルギーシフト』(岩波新書)。

脇阪紀行の記事

もっと見る