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公共の議論を深めていけば、国民投票はなくてもいい

三島憲一

三島憲一 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

 国民投票と熟議デモクラシー

 イタリアで原発をめぐる国民投票が行われ、原発廃止が95%近い支持を受けて決まったとの報道は、日本では少しトーンを下げて報道された。投票率50%以上で有効になるといった規定などもなじみがないし(実効投票率で計算しても賛成者は有権者の半分を超えているのだが)、首相の免訴権に関するベルルスコーニ首相のサバイバルを賭けた案件などとセットになっていたのも理由かもしれない。

 またイタリアがすでに非常に多くの電力を輸入しているという事情も、日本の現在の政治状況とは無縁であるという印象をメディアが強めるのに役立ったようだ。

 ついでに言えば、ドイツが電力を輸入しているというデマも含めて、日本の大新聞とテレビ局の報道の多くは、基本的に日本の国益を守ることを、国民の人権を守るより優先しているかのようだ。もちろん、その際に、なにが「国益」であるかは、政府と官僚が定義して、記者クラブを通じて広められているわけだが。ドイツは少なくとも4月の時点では、電力は6%輸出していた。それも原発から降りやすい理由である。それはともかく、国民投票のことを少し考えてみよう。 ・・・ログインして読む
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筆者

三島憲一

三島憲一(みしま・けんいち) 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

大阪大学名誉教授。博士。1942年生まれ。専攻はドイツ哲学、現代ドイツ政治の思想史的検討。著書に『ニーチェ以後 思想史の呪縛を超えて』『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』『戦後ドイツ その知的歴史』、訳書にユルゲン・ハーバーマス『近代未完のプロジェクト』など。1987年、フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞受賞、2001年、オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞受賞。

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