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[2]震災と鉄道を考える

聞き手=WEBRONZA編集部

原武史

東北の鉄道にも大きな被害をもたらした東日本大震災。東北新幹線など幹線は早期に復旧したが、三陸鉄道など在来線・ローカル線の今後が心配されている。GW直前の4月下旬に三陸鉄道の被災地を訪れた政治学者・原武史さんに、震災後のローカル線復旧や全国各地のローカル線廃止と支援の動きについて、改めて話を聞いた。(聞き手=編集部)

原武史(はら・たけし) 1962年、東京都生まれ。明治学院大学教授。専攻は日本政治思想史。著書に『大正天皇』(朝日選書、毎日出版文化賞)、『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』(講談社選書メチエ、サントリー学芸賞)、『滝山コミューン 一九七四』(講談社文庫、講談社ノンフィクション賞)、『昭和天皇』(岩波新書、司馬遼太郎賞)、『鉄道ひとつばなし』『同2』(講談社現代新書)、『「鉄学」概論――車窓から眺める日本近現代史』(新潮文庫)など。最新刊に『鉄道ひとつばなし3』(講談社現代新書)がある。

 

被災した三陸鉄道を救え!

──前回、原先生に「鉄道と日本近代」というテーマでお話を伺ったのは、3月3日のことでした。当時、もちろん大地震は起きておらず、青森から鹿児島まで1本の新幹線でつながったのをきっかけとして、日本の政治と鉄道、地方と鉄道、近代と鉄道を振り返る内容になりました(「鉄道と日本近代を考える」)。明治以降、日本全土に延びた鉄道網が日本社会を形作ってきた大きな要素の一つだというお話でしたね。そうした交通手段を今後どうやって未来につなげていくのか、つなげていけるのか、という話を今回はしなくてはなりません。震災で、日本の政治・経済・文化、そして日本社会は大きく変わると言われています。その時、日本における鉄道はどうあるべきなのでしょうか。三陸鉄道の被災地をGW前後に訪れたそうですが、まずはそのお話を伺いたいと思います。

 4月27日に、三陸鉄道の支援と現地取材をかねて乗りに行くため、盛岡から宮古まで行きました。ここはJR山田線が走っているのですが、盛岡発宮古ゆきの一番列車は午前11時台と全く使えないため、バスに乗りました。沿道は、桜と桃、梅の花が一気に咲いて、この世のものとも思えないほどの美しさでした。宮古から三陸鉄道に乗っても、しばらくは日常と変わらない風景が続き、佐羽根(さばね)の駅前はソメイヨシノが満開でした。ところが、佐羽根を過ぎてトンネルを抜けるや、いきなりがれきの山になって変わり果てた田老(たろう)の町が見えてくる。そうした光景を目の当たりにして、陳腐な言い回しながら、「天国と地獄」とはこういう状況を言うのかと思いました。

拡大三陸鉄道は、東日本大震災後5日で区間再開した=4月1日、田老駅近くで
 ここに、三陸鉄道の宮古~小本間(5駅、当時は片道600円、現在同750円)の硬券切符と車内補充券があります。支援のために60万円分、1千枚を購入してきたのでみなさんに1枚ずつ差し上げましょう。

 岩手県の沿岸部を走る三陸鉄道(1984年開業)は、宮古と久慈を結ぶ北リアス線(約71キロ)と盛(さかり)と釜石を結ぶ南リアス線(約36キロ)に分かれていますが、私が乗ったのは北リアス線の一部です。国鉄時代の赤字ローカル線を引き継いだ第三セクターで、過去20年近く赤字が続いている路線なのですが、驚くべきことに震災の5日後、3月16日には久慈~陸中野田間(約11キロ)、つづく20日には宮古~田老間、29日には田老~小本間(合計約25キロ)に列車を走らせました。

 震災直後に、三陸鉄道の社長自らが被害の現場を視察して回り、応急処置で一部を復旧させることができるとその場で即断即決したそうです。鉄道はその地域の「公共の福祉」を担っている、という強烈な使命感があったからでしょう。

 路線が南北に分断された南側の宮古~小本間は田老で助かった1両だけでフル回転していましたが、久慈にあった車両基地が助かったので、5月末にはそちらから車両を回して2両編成を復活させました。これで朝夕の高校生の通学などによるラッシュが少しは解消されたはずです。

 三陸鉄道は、旧国鉄の区間を含めて、70年代以降に開業・延伸した比較的新しい路線なので、ある程度、津波の被害を想定して建設されています。元々、トンネルも多いし、海水に浸かったレールの被害やバラスト(砂利)の流失も少なかった。自衛隊など復旧工事の支援も続いており、三陸鉄道は、2年後には北リアス線を全通させ、3年後には南リアス線も同じく全通させたいと言っています。それでも、現時点で運転を再開できた区間は全体の3分の1にとどまり、輸送力も震災前の10分の1にとどまっています。鉄道設備の被害は300カ所を超え、復旧費用は最大180億円と見込まれている。しかも、北リアス線と南リアス線の起点と終点はすべてJRに接続していますので、JRが復旧しなければ完全に孤立した路線になってしまいます。三陸鉄道だけがいくら頑張っても計画は画餅に帰してしまうでしょう。

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筆者

原武史

原武史(はら・たけし) 

1962年、東京都生まれ。明治学院大学教授。専攻は日本政治思想史。著書に『大正天皇』(朝日選書、毎日出版文化賞)、『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』(講談社選書メチエ、サントリー学芸賞)、『滝山コミューン 一九七四』(講談社文庫、講談社ノンフィクション賞)、『昭和天皇』(岩波新書、司馬遼太郎賞)、『鉄道ひとつばなし』『同2』(講談社現代新書)、『「鉄学」概論――車窓から眺める日本近現代史』(新潮文庫)など。最新刊に『鉄道ひとつばなし3』(講談社現代新書)がある。