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「日本赤軍の女王」重信房子の脱原発アピール

小北清人

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 巷には「脱原発論」が盛んだが、原発事故に便乗したかのような政治的「脱原発アピール」というのはいささか願い下げだ。

 京都市内で去る6月19日、獄中死した一人の男の「送る会」が開かれた。

 男とは、丸岡修。大阪で予備校生のころ、反戦団体「べ平連」との関わりをきっかけに新左翼運動を始める。

 

ドバイ事件とダッカ事件への関与を認めた丸岡修
 1972年に大阪を発ちベイルート入り。パレスチナ・ゲリラの軍事キャンプで訓練を受け、70年代の「日本赤軍」によるハイジャック事件を現場で指揮。「日本赤軍の軍事面のリーダー」とされる。

 1986年の三井物産マニラ支店長誘拐事件(若王子さん誘拐事件)への関与も疑われた。1987年に潜伏中の東京で逮捕され、無期懲役判決を受ける。近年は拡張型心筋症が悪化、今年5月29日に東京の八王子医療刑務所で病死した。60歳の若さだった。

 「送る会」には、元赤軍派議長・塩見孝也、北朝鮮にいる「よど号グループ」の現リーダー・小西隆裕らから追悼メッセージが寄せられた。そしてもう一人、獄中にいる「日本赤軍最高指導者」重信房子からの「丸岡同志!」で始まるメッセージが届いた(彼女は獄中からすでに日本赤軍の解散を発表している)。

 丸岡との思い出を書き連ねた彼女はメッセージの末尾でこう呼びかけている。

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